魔王リリィとビャコウ
空は濃い藍に沈み、月が雲間から顔をのぞかせていた。先ほどまでの激しい戦いが嘘のような静けさだ。
「……ど、どういうことだ?」
俺が困惑の声を漏らすと、リリィは得意げに寅人の男を紹介した。
「ご主人様、この者は、元魔王軍四天王の筆頭、ビャコウ・セバスチアンにゃん。ヘルヘイム最強の剣士であり、忠義の化身にゃんよ」
最強の魔王軍四天王だったのか……どうりでやたら強いわけだ。
「で、ヘルヘイムにいるはずのビャコウが、どうしてここにいるにゃん?」
リリィがぽつりと尋ねると、膝をついたままの男――ビャコウは、頭を垂れ、厳かに告げる。
「はっ。魔王様を救い出すため、馳せ参じました。リバティ殿を討ち果たし、魔王様をその首輪の束縛から解き放つために」
「ふむ、それは感謝しておくにゃん。だが――残念ながら、ご主人様を倒してもこの首輪は外れんにゃん。それに、そなたの腕では、この醜悪なる欲望の権化であるご主人様に勝つこともできんにゃん」
……おいこら、何の権化だ俺は。
「それは……我が身をもって思い知らされました」
ビャコウの声は静かだったが、悔いも未練も滲ませず、潔かった。
「我はすでに、身体の至るところを焼かれ、満身創痍。対するリバティ殿は、かすり傷ひとつ負っておられぬ。そもそも、魔王リリィ様ですら届かぬ相手に挑もうとしたこと自体、最初から無謀だったのです」
うーん、とは言え、オート回避がなかったら、たぶん20回は死んでたけどな、俺。
「それにしても、そなたがこっちに来てしまって、ヘルヘイムの方は放っておいて大丈夫かにゃん?」
リリィが心配そうに問いかける。
「現在は、元四天王ナンバー2、クレオパールが采配を振るっております」
「……あれで大丈夫かにゃん?」
「ご心配には及びません。ああ見えて、クレオパールは歌詠みの達人である六歌仙の筆頭、また、五忍者の総括でもあり、四天王ナンバー2にして、寅人三大美女のひとり。そして、我と並ぶヘルヘイムの双璧」
なんだその無駄に多い肩書きは……
「でも、うっかり屋さんにゃん」
……
「御明察。これは一本取られましたな」
『わーはーはー』
……仲良しか。
「ちなみに、もちろん、寅人三代美女のトップは私にゃんよ!」
なぜかリリィが俺の方を向いて補足してくる。誰も聞いてないけどな。ていうか、それきっと実力というより忖度枠だ。
そのときだった。ビャコウがふと真顔になり、膝をついたまま、静かに口を開いた。
「それにしても、魔王様……おいたわしきこと。このように言動を縛られ、行動も制限され、かくも屈辱的な扱いに甘んじる他ないとは……」
その言葉に、リリィの目が細く光った。視線をそらし、遥か遠くを見つめるように、何かを悟ったかのような表情で、ぽつりと呟く。
「言うなにゃん。私は、負けたのにゃん。これは、敗者の定めにゃん……命あるだけで、ありがたいと思ってるにゃんよ」
その声には、静かな覚悟が滲んでいるようにも思えた。
「それはさておき、ご主人様、そろそろお腹すいたにゃん。大きなお肉を所望するにゃん。ミディアムレアの絶妙な焼き加減で塩は粗め、噛み締めるとじゅわっと肉汁が溢れるやつをお願いするにゃん」
「仕事終わってからな!」
……命あるだけでありがたい、って前言はどこいった? まあいい。そんなことより、そろそろビャコウに気になることを聞いておかなければ。
「それで……どうして元・四天王のトップが、ここで剣を盗んだり魂を抜いたりしてるんだ?」
だが、俺の問いに、ビャコウはきょとんと目を丸くし、首を傾げた。
「なんと、なにを仰せか、まったく心当たりがありませんな。我が持つ剣は、ただ一振り――この魔剣ダーインスレイヴのみ。他の剣など、我には不要でございます」
その言葉に、リリィもこくりと頷く。
「ビャコウは剣術しか頭にない剣術バカにゃん。魂を抜くとか、そういう繊細なことはできないにゃんよ」
「魔王様……剣術バカとは、少々辛辣では?」
「褒め言葉にゃん」
「ならば恐悦至極!」
……うん、仲良しなんだな。
「だけど、アースベル内をいろいろ探し回ってたんだろ?」
「それは、魔王リリィ様の所在確認と、リバティ殿の居場所を探るためにございます。異形の我が不用意に話しかければ、申人は怯え騒ぎましょう。故に、独力で探すしかなく……なかなか骨が折れました」
その言葉に、偽りは感じられなかった。
「つまり……連続して魂が抜かれている事件に、ビャコウは無関係ってことか?」
「魔王リリィ様に誓って――断じて、我はそのような所業に関わっておりません」
少なくとも今のビャコウからは、剣を収集する意図も、他者の魂を狙うような動機も感じられない。つまり、一連の事件の犯人は、別にいるということだ。
魔王軍元四天王は、ジャガーノート(最弱)、ピンクパンサー(のんびり野)、クレオパール(うっかり屋)、ビャコウ(剣術バカ)です。
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