スルトの記録
その言葉には脅しの意図はない。ただ、彼女が実際に観測した事実を述べているだけだ。
「……あなたは、スルトを見たことがあるのか?」
「ああ。原理の管理室からだけれどね」
アーキテクトは遠い記憶から少しずつ取り出すように、ゆっくりと語った。
「スルトは、常に太陽のように輝いていた。存在しているだけで周囲が発光し、焼け付く熱を放っている。あれが触れたものは例外なく光に呑まれ、跡形もなく消滅した。
当時、最強だった魔導士たちの魔法でさえ、何の効力もなく消え去った。都市を滅ぼす規模の魔法ですらね」
初めて聴いた目撃証言に、俺は息を呑んだ。
「奴が拳ほどの大きさの光球を放つだけで、一つの国が消し飛んだ。その後には、地表を深く抉った巨大な穴だけが残ったよ。そしてスルトは、それを世界中へ雨のように降らせた」
俺は返す言葉を失った。話の通りなら、その光球一つでさえ、最上級魔法を遥かに超えている。
「……分かっただろう?」
アーキテクトが冷静に断言した。
「今回のターンは、ワタクシたちの負けなんだ」
その声には、諦めも後悔もなく、ただ当然の結論を述べているようだった。
「キミの故郷のミッドガルドも、上位世界のアールヴヘイムも、この世界と繋がっている。ここが焼き尽くされれば、大きな影響が出るだろう。あるいはスルト自身が、直接滅ぼしに行くかもしれない」
そんな怪物が現実世界――ミッドガルドに現れたら、たとえ世界中の破壊兵器をぶつけたところで勝ち目はないだろう。
「結果として、人間……いや、あらゆる生命の九十九パーセントは死滅する。わずかに焼け残った土地と、古代遺跡へ逃げ込めた者たちだけで、文明をやり直すことになる」
二万年前にも、それが実際に起き、古代文明が崩壊した。
そこから再び文明を築き上げたというのに。
「だからキミへ原理の運営を引き継ぎたい。世界が滅び、次にスルトが目覚める二万年後こそ、ワタクシたちが勝利できるように」
彼女はカップを持ち上げた。
「それが、ワタクシの望みだ」
俺は黙ったまま、すっかり冷めたお茶へ視線を落とした。
「……このターンでも、まだ、やれることはあるはずだ」
俺が声を絞り出すように言うと、アーキテクトは首を傾げた。
「そうかな? 二万年間でできなかったことが、残りわずかな時間で覆せるものだろうか」
純粋な疑問として尋ねているようだった。
「まあ、スルトが目覚めるまで多少の時間は残されている。もう少しキミの答えを待つこともできるけれど」
「ああ。ギリギリまで待ってくれ。俺は、諦めが悪いんだ」
俺が立ち上がると、アーキテクトは、少し眉をひそめた。
「分かった。だが、スルトが目覚め、うっかり消滅しないよう気をつけてくれ。キミは代え難い存在だからね」
俺にとって代え難いのは、今のこの世界の方だ。
「『原理の扉』はそのままキミに残しておく。気が変わったら、いつでも戻ってくるといい」
そう言って彼女は、世界各地に存在する原理の管理室への入り口について教えてくれた。
偉大なる大陸、ヨトゥンヘイム、ムスペルヘイム。
各大陸に一つは存在しているらしい。
「……そういえば」
俺はこの空間から出る前に一つ質問してみる。
「あなたは、ここから出ないのか?」
「ああ。というか、出られない」
アーキテクトは即答した。
「ワタクシは、既に『原理の一部』だから」
白い空間の光が、静かに彼女を照らす。その体はわずかに透けて見えた。
「アーキテクトになった時、肉体は捨てた。遥かな時間を管理者として存在し続けるためにね。だから、ワタクシが影響を与えられるのは、世界の仕組みだけ。現実世界を観察することはできるが、直接干渉することは、ほとんどできない。」
管理者になるということは、世界のルールを決められる権利と引き換えに、世界の外側へ追いやられることなのかもしれない。
俺が管理者になった場合も、同じように何かを犠牲にする必要があるのだろうか。
……いや、今はそれを考えている場合じゃない。
俺は、目の前に迫っている厄災、スルトを止める方法を探さなければならない。
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