ヒトジゴクと輪廻の炎
ミーアを探して海岸を歩き回っていた俺、リバティは、けたたましい海猫の鳴き声と激しい衝撃音を聞いた。これはただ事じゃない。俺は音のする方向へと急いだ。
辿り着いた先で目にしたのは、驚くべき光景だった。バジリスクに変身したミーアと、虎のような模様の顔の男が激しく戦っている。男の動きは驚くほど素早く、ミーアの石化邪眼を軽々とかわしている。一方のミーアは、飛び交う海猫の弾丸を受けて傷だらけになっていた。
「ミーア!」
俺の叫び声に反応するように、男が鋭い目をこちらに向ける。一目でこれはヤバい相手だと分かる。だが俺は叫ぶ。
「俺の妹をこれ以上傷つけるな!!」
その言葉に、ミーアが嬉しそうな、申し訳なさそうな顔をして振り向いた。
「あっ、お兄ちゃん! こんなことになっててすみません。この人は魔王軍のトララスさんです。私を連れて行こうとしているみたいなんです」
魔王軍……!?
ミーアの言葉に、俺は驚愕した。魔王軍がここまで来ている……。そして、ミーアを連れて行こうとしている。
「なるほど……つまり、こいつが誘拐犯だということだな!」
俺は目の前のトララスを睨みつけた。
「なんだ、申人の子供か」
トララスは俺を一瞥し、まるでどうでもいい存在でも見るかのように言った。その態度に、俺の怒りがさらに燃え上がる。
「ミーアを誘拐して身代金を要求した上に、こんなに傷つけるなんて、許しがたい」
俺の言葉に、トララスは首をかしげた。
「身代金? 言っていることがよく分からんが……それで、お前に何ができる?」
ああ、俺に何ができるか教えてやるよ。まだ今は修行の途中なんだが、その中間成果と新しい魔道具を見せてやろう。まず今必要なのは、奴の異常な動きの速さを封じること。
「至れ、我が工房、顕現せよ。魔道具7番!」
俺は地面に大きな魔法陣を顕現させ、詠唱を終えると、超斥力シューズを起動して大きく跳躍した。トララスは眉をひそめ、足元の魔法陣を一瞥する。しかし、見た目には何の変化もない。
「なんだ? 特に何も起きてないようだが……不発か?」
トララスは不審そうに地面を見つめた。
「えっ、あー、そう、不発しちゃった。てへっ」
わざとらしく頭をかきながら笑ってみせたが、我ながら演技力はない。トララスはそれを見て鼻で笑った。
「ふん、くだらん……俺の海猫で撃ち抜いてやる」
その瞬間、トララスの周りを飛び回っていた無数の海猫が一斉にこちらを向いた。鋭い鳴き声と共に、弾丸のような勢いで飛んでくる。くっ、早い。俺は超斥力シューズを発動させ、一気に横に跳び、ギリギリのところで海猫の弾丸をかわす。だが、次の瞬間には別の海猫が襲いかかってくる。
「こんなにもいるのか!?」
空を埋め尽くすほどの数の海猫が旋回しながら攻撃を繰り返してくる。
「逃げ回るだけでは、俺には勝てんぞ」
トララスはゆっくりと歩み寄り、俺を見下していた。その表情は冷酷で、まるで獲物をいたぶる捕食者のようだ。そう言われても、ミーアの石化邪眼を容易にかわす相手に俺の小火炎が当たる気がしないんだよなぁ。
海猫の弾丸が風を切り、トララス自身も素早い攻撃を繰り出してくる。俺はなんとか距離を取ろうとするが、トララスの動きは尋常ではない。一瞬、視界から消えたと思った次の瞬間には、すでに間合いを詰められている。ギリギリの状況だが、俺は地道に回避を続けた。そして、じわりじわりとある場所に誘導する。目指すのは、先ほど魔道具を仕掛けた場所。
ついにトララスがそこに足を踏み入れた瞬間、地面がパカッと開いた。
「おおっ!? なんだこれは!」
トララスは突然現れた落とし穴にバランスを崩し、そのまま下へと落ちていく。瞬時に体勢を立て直そうとしたが、次の瞬間、穴の底で魔法陣が輝いた。穴の底には、イザベルの古代遺跡の守護者から引っぺがした引力の魔道具を設置してある。強力な引力が発動し、周囲の砂や小石を巻き込みながら、トララスを底へと引き寄せていく。
「ちっ、抜け出せん……」
トララスは必死にもがくが、引力は強烈だ。
まるで巨大な蟻地獄に落ちた蟻のように、身動きが取れなくなっている。
魔道具7番『ヒトジゴク』。
先ほど、転送魔法を使って、足元の空間と魔道具『ヒトジゴク』を入れ替えておいたのだ。対象が上に乗った瞬間に落とし穴が開く仕組みで、さらに、入ったが最後、強力な引力で逃げ出せなくなる。蟻地獄ならぬ、ヒトジゴクだ。
「おのれ、この程度で俺がやられると思うな!」
砂に足を取られながらも、トララスは必死に抗っていた。その瞳はまだ戦意を失っていない。
「もちろん、落とし穴だけで倒せるとは思ってないさ。だからこそ、俺の特別な魔法を見せてやるよ」
俺は静かに詠唱を始めた。
「オルフェスのプロメテ火山より、顕現せよ、炎の精霊サラマンドラの火……」
「その詠唱……小火炎か。その程度の魔法では俺は倒れんぞ」
確かに通常の小火炎ならば、彼には通じないだろう。だが、俺はにやりと笑って答えた。
「言っただろう? 特別製だってな」
『輪廻の炎!』
力を込めると魔法陣から火球が放たれた。だが、それは一発で終わらなかった。火球は連続して放たれ、途切れることなくトララスを襲った。
「な、何故だ!? 詠唱は一度だったはず……」
トララスは驚愕の表情を浮かべる。これはただの小火炎の魔法陣ではない。古代遺跡で手に入れた輪廻の魔法陣に小火炎の魔法陣を内包させたものだ。輪廻の魔法陣は事象を循環させる。つまり、俺の魔力が続く限り、この炎は放たれ続けるのだ。
逃げ場のないトララスは、連続する火球の嵐に飲み込まれ、やがて黒焦げの姿が砂の中に沈んでいった。
リバティらしい戦い方になってきました。
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