禁書の研究
「この森には世界中の本が集まってくる。……いや、正確には私たち午人が集めてるんだけど」
ヒッポは、大図書館の方角へ視線を向けた。
議席の隙間から、図書館の巨大な樹木の一部が見えている。
「戦争で滅びた国の記録とか、過去に廃れてしまった技術書とか、歴史の中で失われかけた知識は、最終的にここへ運ばれてくることが多いんだよ」
「ここでは知を正しく扱ってもらえるからのう。時の権力者によって歪められることもない」
ヒッポが誇らしげに語り、エルマが付け加えた。
「もちろん、その中には危険なものも混ざってる。強力すぎる魔法、国を壊す思想、読んだだけで呪いが発動する本……そういうものは『禁書』に指定されて、地下の禁書庫へ封印されるわけだね。一度禁書に指定されたら、この街のルールで誰もその本を手に取ることはできない」
「その禁書を研究対象にしようって話だな」
「そうだよ」
ヒッポは頷いた。
「危険だからって、全部封印したままでいいのかって考える人たちがいるんだ。例えば、強力な魔法が記録された本は、使い方次第では街を守る力になるかもしれないって。もちろん危険だから反対意見も強いけど」
「確かに、強力な呪いも裏返せば病気の治療に役立つこともあるかもしれんし、古代魔法のような失われたものが眠っている可能性もあるのう」
エルマも興味深そうな口ぶりだ。
俺もその意見は否定しない。
危険を避けていては、技術が進歩しないのも事実だ。
「実際、自分たちの利益に繋がる話だからね。最近は、慎重に管理すれば研究できるんじゃないかって考える人も増えてきてるよ。だから今は、賛成派の方が少し多いらしいんだ。でも、まだ合意には至ってない。反対派も根強いから」
そこでヒッポは小さくため息をついた。
「ヒッポはどう思ってるんだ?」
「私は……反対だよ」
俺が尋ねると、ヒッポは少し視線を落とした。
声は小さかったが、そこには強い意志を感じた。
「危険な力なんだから、私たちが制御できるとは限らないでしょ? 実際、過去に禁書絡みの事故も起きてるし。私は、これ以上禁書で悲しむ人を増やしたくないんだよ」
その言葉には妙な重みがあった。
「でも、だからこそ研究すべきだっていう人もいるんだ。危険なまま放置するから事故が起きるんだって。過去に犠牲になった人たちの死を無駄にしないためにも、禁書をちゃんと理解して役立てるべきだっていう主張もあるんだよ」
どちらの言い分も理解できる。
十年経って結論が出ないのも無理はなかった。
そこで俺はある事実に気づく。午人の議会に多数決が導入されれば、長年結論の出なかったこの案件が可決される可能性が出てくる。
「禁書の研究について、ケイローンは賛成派だったのか?」
「いや、ケイローン様は反対派だったよ」
ヒッポは思い出すように答えた。
「特に禁書の研究を主張してたのは……スレイプ様かな。ケイローン様とスレイプ様は、普段は信頼関係にあったと思うけど、禁書研究の話になると、かなり激しく言い争うこともあったらしいよ」
「そうなのか……」
そこでエルマと視線が合った。
禁書で命を奪われたケイローンと、禁書研究を巡る対立。
俺には、それがただの偶然とは思えなかった。
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