第五章 エピローグ
ニーズの力が途切れると、竜たちも元の骨の欠片へと戻っていった。
そして捕らえていたウルドも、巻き戻された歳月が急速に流れ出し、その身体は急速に老いていた。もう元の概念的存在に戻ることはできないようだ。
「いやあ……まさか、プラティナスの正体が大魔王だったとはね。この国、危うく滅ぶところだったよ」
エルマが空間の狭間から引き戻したオージンは、疲れ果てた様子だった。
「リバティさんを信じきれなかった。申し訳ない」
そして、全身で謝罪を表すように、俺に深く頭を下げた。
「私はね、この国を任せるならプラティナスか、リバティさんのどちらかだと思っていたんだ」
オージンは自嘲気味に深く息を吐いた。
「プラティナスを選ぶ形になってしまった。私には人を見る目がないねぇ」
いや……結果として、どちらも数千年に一度現れる大魔王だったのだ。むしろ見る目があった、と言うべきか。
「多くの兵士たちを戦いに巻き込んで、エルマさんにもまったく敵わず……もう穴があったら入って、生涯そこで暮らしたい気分だよ」
苦笑するオージンに、エルマは淡々と返した。
「何を言う。儂に切り札を使わせたのじゃ。胸を張るがよい」
先ほどの戦いが脳裏をよぎる。オージンの戦いぶりはまさに大魔導士と呼ぶに相応しいものだった。普段穏やかな人ほど、怒らせた時は怖いというが、まさにその典型だ。
「それに、儂の空間⭐︎崩壊に巻き込まれた者たちも、全員無事じゃ。気に病むこともあるまい」
次元の裂け目に呑まれた者たちは、誰一人欠けていなかった。それだけエルマが慎重に魔法を発動したのだろう。
逆に彼らはニーズに凍結されることも、魂に戻されることもなかった。むしろ幸運だったと言える。
「ところでリバティさん」
オージンが俯いていた顔を上げた。
「止まってしまったヴァルハラは、どうするつもりだい? あれはこの国にとって、大きな力だったろう」
俺は、街へ視線を向ける。
「あれは確かに便利だ。でも――危険すぎる。今回みたいに使われれば、国民全員の魔力が根こそぎ奪われる。皆の命が犠牲になるかもしれない」
そして、俺は断言した。
「だから――再稼働はさせない」
オージンの表情に不安が浮かぶ。
「でも、それでは非常時や他国に対する抑止力が……」
「大丈夫だ。代わりはある」
俺はオージンの言葉を遮り、白い建物を指した。
創造魔法で生成した最大硬度の隔離施設――檻だ。
中に入ると、ニーズヘッグが中央に座していた。
『終焉の滅衝』を受けてもなお生き延びたが、俺の『貪り喰うモノ』を使って残る魔力を根こそぎ奪い取り、ここに幽閉した。
ここでは、魔道具化した『貪り喰うモノ』が床一面に配置され、ニーズの魔力を絶え間なく吸い上げている。
わずかにでも魔力を回復すれば、すぐに奪い取る。これでニーズは魔法も回帰邪眼も使えない。
俺はその姿を見下ろし、気になっていた問いを投げかけた。
「ニーズ……お前の回帰邪眼なら、ハルトを蘇らせられないか」
宿敵に縋ることになってでも、聞かずにはいられなかった。
ニーズはゆっくりと目を開く。
「あれは確かに得難い人材であった。だが――戻らぬ。既に余も試した。あれの死は運命に定められている。余の力でも覆せぬ領域だ」
――そうか。
ノルンでさえ覆せないと聞いていた以上、予想はしていた。だが、確定した重さは別物だ。
沈黙の中、ニーズが口を開く。
「それでもまだ余を生かすのか? いずれここを抜け出し、また同じことをするぞ」
「ああ。その時はまた止めればいい」
俺は即答した。
「それに、お前がここにいること自体に価値がある」
『貪り喰うモノ《グレイプニル》』の魔道具で吸い上げたニーズの魔力は、アースガルドの街に流れ、活用される。
大魔王の魔力は回復も速い。これだけで国中の魔道具を動かすのに必要な魔力の大部分が賄える。
今のニーズは、生きた魔力源だ。
「せめて三食、希望する食事は出してやる。退屈だとは思うが、ここで少しは反省しろ」
「フ……大魔王が、反省すると?」
ニーズの瞳が嘲るように細くなる。
「その甘さ、いずれ破滅を招くであろう。そなたらの平和思想など、もう長くは続かぬ」
「……どういう意味だ」
ニーズの視線が、どこでもない一点を射抜き、重く静かに答えた。
「ヘイムダルも言っていたであろう。世界の終末が近いと。近い将来、ムスペルの巨神が目覚め――」
唇の端が吊り上がる。
「この世界は、すべて焼き尽くされる」
◇ ◇ ◇
俺たちは何ヶ月かぶりに、アースベルのカフェでお茶を飲んでいた。
「あらあら。この戦いを通して、魔科学術師さんは大魔王に、ミーアさんは魔王に……ずいぶんと賑やかな肩書きになりましたね」
魔王メリー・バフォメットが、くすりと笑う。
俺はメリーの拘束を解いた。
主を失ったメリーは、もう抗う様子もない。
「それにしてもミーアさんは十四歳で魔王になるなんて――前例のない最年少記録ではないかしら」
ミーアは自分の肩を抱き、視線を落ち着きなく泳がせている。
「えっと、その……わ、わたし、そんな大層なものじゃ……」
「かつて寅人の天才魔導士と呼ばれた私でさえ、魔王になるまでに四十年はかかったにゃん」
リリィも少し悔しそうにテーブルに肘をついた。
魔王になるまでに四十年。
改めて言われると、俺が魔王になったのと同じくらいの時間だ。そう思った途端、同期のような親しみ感が出てくる。
……まあ、俺は既に大魔王だが。
「新しい魔王の誕生ですもの。異名も必要ですわね」
メリーの声が、わずかに弾む。
「そうですわね……偉大なる蛇――なんて、いかがでしょう?」
「えっ!? そ、そんな立派なお名前を……!」
ミーアは慌てて首を振る。
顔は真っ赤だが、口元までは隠しきれない。
――嫌ではないらしい。
とはいえ、彼女の名前は、ミーア・ラ・ヨルムーン。
……いや、もうほぼそのままだろ。
「それにしても、今回は随分と長い旅になったのう」
エルマが深く味わうように紅茶をすすった。
「儂の故郷ニブルヘイムからヨトゥンヘイム、そしてアースガルドに巨人どもを引き連れて攻め込むなど、そうできる経験ではない」
「敵も、大勢の魔王にノルン、大天使……大魔王まで出てきたにゃん。まあ、私たちの敵ではなかったにゃんけど」
リリィは大魔王戦で真っ先に凍結していたはずだが、もう忘れているようだ。
だが、俺たちはすべて――取り戻した。
だからもう、奪われはしない。
たとえ、世界の終末が訪れようとも。
第五章の最終話を迎えることができました。
四章から続く長い冒険、読んでくださりありがとうございました。
さらに面白い話を作るため、しばらく、次回プロット作成のためのお休みをいただきます。
連載再開時には、またよろしくお願いします。
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