オーバーロード
俺の手元では再現できない問題の解析。何の手がかりもなく、広大な砂漠に落ちた針の一本を探すような作業。
そんな感覚にとらわれ、諦めたくなったことは何度もある。だが、過去の俺が諦めたことは一度もない。
知識と経験、仮説と推論をフル稼働し、正解かどうかも分からない方法を試し、何度も行き詰まり、それでも手を動かして答えを見つけてきた。
どう考えても割に合わない。だが、目の前の難問に屈服するのが嫌だった。
――それが俺だ。
そう、やることは同じだ。
全部を理解する必要はない。状況を覆せる一点だけを探し出そう。
改めて巨大魔法陣を観察する。入力された魔力は増幅され、束ねられ、複数の経路から中央へ流れ込んでいる。
この魔力の流れそのものを止めるのは無理だ。量も規模も、俺の出力を完全に超えている。
なら、魔法陣の中で魔力が洪水のように流れている部分は除外しよう。これで、見るべき場所は半分になった。
それらの外縁も違う。ここをいじっても全体への影響は小さい。さらに魔法陣の該当箇所は半分になる。
同じ機能が重複している冗長部分も削る。ひとつ変えたところで効果は薄い。これでまた半分。
俺は消去法で、見るべき場所を削って、削って、削る。
「終末の滅衝となりて顕現せよ――」
かなり絞り込めてきたが、ニーズの詠唱は間も無く終わる。
引き伸ばされた時間の中で、頭だけはフル回転。
残るのは――中心核と、その周辺。
この部分は完全に未知だ。
だが、これは最上級とは言え、精霊魔法の一種。構造の基盤は、古代魔法『転送魔法』。そこから類推できることはあるはずだ。
しかし、俺の知る小火炎とは構造が違う。あれは呼び出した火炎を、念動魔法で打ち出す構成。しかしこれは――
「万物を砕け!」
ついにニーズの詠唱が完了した。
「転送の門。百メートル上空へ導け、俺!」
俺は自分自身を転送させる。次の瞬間、巨大魔法陣の真下にいた。
死者の魂が奔流となって流れ、魔力の圧だけで皮膚が剥がれ落ちそうだ。
それでも、手を伸ばす。一瞬にして手が焼けただれる。
「オーバーロード――革新魔法」
『終焉の滅衝!』
ニーズが魔法を発動したのと、俺がオーバーロードで魔法陣に改造のパッチを当てたのは、ほぼ同時だった。
広大な精霊魔法の扉が開き、混沌とこの世界、二つの空間が完全に接続されたように思えた。そこから、一国を消し飛ばせるだけの滅衝が――放たれる。
だが。
本来、地上へ向かうはずだった衝撃は、俺の反対側――上空へと放たれた。
そこにいるのは――ニーズ。
回避も防御も間に合わない。ニーズはその奔流に呑み込まれた。
俺が書き換えたのは、魔法陣の表裏だ。
衝撃の放射方向は、魔法陣の中で「出現位置の差分」として表現されていた。この一点だけなら――オーバーロードで書き換えられる。
死者の魔力を使い切ると、巨大魔法陣は崩壊を始めた。連なっていた円環が順に砕けていく。
残された魂は解き放たれ、光となって夜空へ昇っていった。
衝撃の余波が引いていく。
アースガルドは、そこにあった。
仲間も、まだいる。
――守り切った。
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