終焉の大魔法陣
俺は上空を覆う巨大魔法陣を見上げる。幾重にも連なる円環は、死者の魂を吸い上げながら、さらに膨張していた。
もはやヴァルハラの上だけではない。外周はアースガルドの遥か彼方にまで達し、大空を侵食している。
「満ちたな。これが余の扱える最大規模。魔力を集め、解き放ち、再びこの世界を巡らせる。余のしていることは自然の摂理と同じ」
ニーズは満足げに告げる。
「さあ、ゆくぞ。そなたを倒し、ヴァルハラを蘇らせ、余はムスペルの巨神を葬るのだ」
そして力ある詠唱を始める。
「混沌の彼方に眠る原初の衝動よ――」
この魔法は『終焉の滅衝』。小さな魔法陣から放たれるだけでも、あらゆるものを貫く衝撃となる。
もし頭上の巨大な魔法陣が開き、あの規模で撃たれた場合、地殻変動さえ起きる威力になるだろう。
少なくとも、見渡す限りの地表は吹き飛び、俺も、仲間たちも、サリオン城も、アースガルドの街も、まとめて消える。
発動までもう時間がない。俺は遅延邪眼を最大まで引き上げた。
ニーズの詠唱が引き延ばされる。
――これを、どう防ぐ。
ゆっくり流れる時間の中、体の方はそこまで高速に動かせないが、思考は巡らせられる。
俺の反転行列では到底受け切れない。
なら、こちらの魔法陣をぶつけて、あれを破壊するか。
……いや、それも無理だ。俺が用意できる魔力では、出力が全く足りない。
できるとすれば、魔法陣のオーバーロードで、ごく一部を書き換える程度。
俺は巨大魔法陣を見据える。
魔力の脈動が波のように揺らぎ、死者の魂が光の流れとなって吸い上げられていく。その軌跡が、遅延した世界の中ではっきりと浮かび上がっている。
中心にあるのは精霊魔法の陣。その周囲を、増幅、拡張、安定化などの円環が取り巻く。
俺はエルマに叩き込まれた知識を総動員して解析する。
だが、判別できない層も多く、すべては読めない。
それでも読み取れることは、この規模にして、無駄が一切ないことだ。
流れは整理され、多重化され、各層が相互に補完し合っている。だから、増幅陣の一つや二つを反転させたところで、全体は揺らがない。
変えるなら、もっと根本の何かだ。
全体の挙動そのものを変え得る一点、システムの穴を探す。
――まるでハッキングだな。
俺は苦笑しつつも、エンジニアとしての感覚を総動員する。
見るべきはデータの流れ。いや、魔力の流れ。
入力はどこから来て、どこで変換され、どこへ吐き出されるのか。
この流れを変えたらどうなるか。
だが、それを考えようにも、未知の陣が多すぎる。
魔法陣の模様を見るだけでは効果はまったく予想できない。
そもそも、完全に解読できたとして、解はあるのかどうかも分からない。
「無理だ!」
過去の俺が叫んだ。
「エラーの原因が分からない。再現もできない。そんなバグ、追いようがないだろ」
確かに、問題は起きていた。低確率だが、クライアント環境では発生する。そして発生すれば、システムごと落ちる致命的な不具合。
「大体、俺の書いたコードでもない。規模は百万行以上。特定なんて無理だ」
終電を過ぎても帰れないサービス残業の日々。
虚ろな目でコードを眺めていても、意味のある答えが見つけられるとは思えない。
いっそ諦めるか。それもいい。
そもそもこれは俺の責任じゃない。このまま家に帰って、もう来なければいい。
それで、この案件が終わるだけだ。俺は別の会社に行けばいい。
俺は自由になれる。
このクライアントと関わることも、もうない。
二度と会うこともないだろう。
それだけだ。
だけど……嫌だ。
二度と仲間に会えないのは……嫌だ。
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