命の回帰
この一帯には膨大な数の遺体が埋葬されている。
彼らがニーズの回帰邪眼で、生前の姿へ戻っていく。
――サリオン帝国で生きた人々だ。
蘇った死者の多くは老人。だが時間が逆流するように、全員が若返っていく。
「ニーズ、何の真似だ。死者を蘇らせてどうするつもりだ?」
俺は風竜の上に立つニーズに呼びかける。
「人間とは、この世界の元となった存在―― 因の血の一滴のようなもの。それは即ち、魔力だ」
ニーズは答えながら、邪眼の光をさらに強めた。
「墓地のような場所で魔力が集まりやすいのもそのため」
蘇った人々は状況も理解できないまま、年齢を巻き戻されていく。
「即ち、命を遡らせれば、最後は魔力に還る」
老人は青年へ、子供へ、やがて赤子へ、さらにその前――魔力の塊へと還っていく。
ニーズはそれらを一点に集める。
「人々を魔力に変える、それがここヴァルハラの役割であったな。手段は多少異なるが……魂の力、この帝国の歴史から、すべて集めてやろう」
何十万、いや何百万もの魂が、魔力へと変わっていく。
ニーズはその膨大な魔力を注ぎ込み、上空に巨大な魔法陣を出現させた。
「大きな力を持つ相手には――それを超える力をぶつけるまで」
その魔法陣は幾重にも円環が重なり、死者の魔力を取り込みながら肥大していく。
ヴァルハラの上空だけではない。市街地の上空にまで広がっていた。
「そんな規模の魔法を撃ったら、アースガルドの街まで消し飛ぶぞ」
俺の言葉に、ニーズはためらう様子もない。
「これは大魔王同士の激突だ。国の一つや二つ、消えたところで不思議はない。それに――必要なものは、余の邪眼で蘇らせればよい」
まずい。
本気で、アースガルドごと消すつもりだ。
『反転行列!』
俺は反転の魔法陣を展開する。
『魔法陣帰順』が応じ、陣は急速に広がる。だが、ニーズの魔法陣の規模には届かない。
「至れ、我が工房。顕現せよ――魔道具十番」
そこで俺は、ヒトの魔力を魔王並みに押し上げる魔道具、『限界突破魔力増幅器』を呼び出す。
蓄えられた魔力をすべて投入すると、反転行列が一気に拡張する。
それでも――ニーズの魔法陣はそれを超えて、さらに拡大していく。
「そなたは逃げぬ。逃げれば、確実にアースガルドの中心は消し飛ぶ」
ニーズは迷いなく言い切った。
そうだ。アースガルドは、必ず守る。
打開策は――
思考を巡らせたその瞬間、地を揺らす巨躯が視界を埋めた。
地竜だ。
身をひねって回避した直後、今度は水竜の尾に薙ぎ払われる。さらに火竜の炎が重なった。
これでは考える余裕もない。
その時だった。
地竜の側面に、横合いから衝撃が叩き込まれた。
金色の亥人――魔王グリン。
巨体とはいえ、地竜の半分にも満たない。だがその踏み込みは、真正面から竜を押し止めていた。
「大丈夫か、グリン?」
「ああ。地竜なんざ、ヨトゥンヘイムじゃ珍しくもねぇ。オレぁよく相撲をとったもんだ」
グリンは一歩も退かず、押し返す。
「亥人の魔王か。都合がいい。魔力の足しにしてやろう」
上空から、ニーズの邪眼がグリンを捉える。
途端に、グリンの体が縮んだ。
まずい――時間が巻き戻っている。
『光の壁』
ところが、割り込んだ光が、その流れを断ち切った。
これは聖女の神聖魔法。
「ふふ、呪いを防ぐのは聖女の専門分野よ」
「レイア!」
振り向く。そこには、場違いなほど軽やかな笑みを浮かべた少女。セイズ状態のレイアだ。
「グリンさんから話は全部聞きましたよ。本当にプラティナス陛下が大魔王だったなんて、まさかの事態ですね。でも――」
一歩、前に出る。
「誰であっても、アースガルドは壊させません」
頷き返す俺のすぐ横から、灼熱の炎が迫っていた。
今度は火竜。
『大氷結!』
そこで轟音とともに、炎が凍りついた。
出現したのは、寅人の魔王。
「リリィ、無事だったのか?」
「当然にゃん。元々私は氷には強いにゃん。凍結なんて、温度が上がればすぐに戻るにゃん」
火竜が氷塊に封じられていた。だが、火竜の動きは止まってはいない。内部から亀裂が走るたび、リリィは次の氷を重ねた。
「火竜は私が抑えとくにゃん。ご主人様は、やるべきことをやるにゃん」
だが、さらに水竜の長い尾が、俺を叩き潰すように迫る。
『空間⭐︎圧縮!』
空間が歪む。
水竜の巨体が、見えない壁に押し込められるように縮み始めた。
その前に立つのは――
「師匠、無事だったか!」
空間を渡って現れた戌人の仙人、エルマだ。
「当然じゃ。少し休んでおったがな。あのようなおぞましい魔法陣を見せられては、寝てはおれん」
水竜は電撃を放ちながら、圧縮空間を内側から押し広げようとしている。
純粋な魔力のせめぎ合い。
あとは――俺の仕事だ。
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