戦いの火蓋
ヴァルハラの外縁に、軍勢が現れる。
アースガルド軍――およそ五千。ヘルヘイムの魔王軍と対峙したときと、ほぼ同規模の戦力だ。国が動かせる、ほとんどすべての兵力がここに集まっている。
「懐かしいにゃんね。サリオン帝国との戦いの日々を思い出すにゃん」
リリィが舌をぺろりと舐める。
思えば、あの時の五千は、リリィ率いる魔王軍を前に、心許なく見えた。
しかし今は違う。目の前の五千が、ひどく巨大に見える。こちらには、リリィも、魔王グリンもいる。師匠エルマも、ミーアもいる。千の巨人たちに、魔王軍四天王まで揃っているというのに。
号令に合わせて、五千の兵が一斉に足を止めた。
その先頭で、ひときわ騒がしい声が響く。
「だーははは! 巨人の大群を率いてヴァルハラを破壊し占拠するとはな! いやあ、本当に自由な奴だな!」
勇者トオル。
戦鎚ソードを肩に担ぎ、まるで祭りでも眺めるような顔でこちらを見上げている。豪胆というより、ただ楽しんでいるだけの顔だった。
その隣に立つ少女が、一歩前に出た。
白い法衣が風に揺れる。
少女の声が、風に乗って届いた。
「リバティさん……私は、あなたがこんなことをするなんて、どうしても信じられないんです」
聖女レイア。
その言葉には怒りも責めもない。
戸惑いと、祈りにも近い響きがあった。
そして、軍勢の後方に一人の男の姿。
皇帝プラティナス。
白銀の外套が風に揺れる。
五千の兵に囲まれながら、その佇まいは他と一線を画していた。
まるで、この戦場そのものを支配しているかのように。
この戦場で最も危険なのは、あの男だ。
「皆さん、どうかお願いします……!」
ミーアが巨人たちの前に出て、必死に声を張る。
「できるだけ、アースガルドの皆さんを傷つけないでください……! 戦うべき相手は、プラティナス陛下だけです!」
「とは言え、これだけの数、避けて進むのは難しいのう」
エルマが見渡し、眉を寄せる。
「お兄ちゃんはプラティナス陛下のところへ向かってください。他の方たちは私たちで止めます」
その時、プラティナスが声を張った。
「リバティよ、実に残念である」
厳かに、ゆっくりと首を振る。
「余はそなたを高く買っておった。そなたの力は、この国を豊かにする。ゆえに、そなたの望むものはすべて与えてきた」
穏やかな声音だった。
「それなのに、なぜだ。余とそなたで築いたこの国を、なぜ壊そうとする? ハルトを殺め、ヴァルハラを停止させ、そなたは取り返しのつかぬことばかり繰り返している」
プラティナスは悲嘆に暮れるように告げた。
「この国を災いから守るため――もはや、そなたを排するしかあるまい」
見事な芝居だ。
すべての元凶は、お前だというのに。
「プラティナス、国内を見たか?」
俺は声を返す。
「ヴァルハラの魔力搾取で、人々は生気を失っていた。他国もアースガルドの脅威に萎縮している。この国の災いは、どっちだ?」
しかし、プラティナスが怯むことはない。
「すべては国を守るためだ。魔力を集めれば、大きな敵にも対抗できる。その力で他国を牽制するのも、自国を守る方法であろう」
プラティナスの言葉に、周囲の兵士たちも頷いていた。
「国民は皆、理解してくれている」
彼を疑う者は、一人もいない。
「さあ、話はもうよいだろう。ヴァルハラは取り戻させてもらう」
プラティナスが静かに手を差し出したのが合図となった。
アースガルド軍が、一斉に前進する。槍と盾がぶつかる音が戦場に広がった。
「すみませんが、ヴァルハラには入れさせません!」
ミーアがバジリスク形態に変身し、石化邪眼が解き放たれた。
光線が戦場を走り、前列の兵士たちが次々と石像へ変わっていく。
だが――
プラティナスが、ただ一度だけ視線を向ける。
その瞬間、兵士たちは何事もなかったかのように元の姿へ戻っていく。
皇帝プラティナスの奇跡の力だった。
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