勝てない戦い
「モレク様……ご無事でしたか……」
丑人たちがざわめく。恐怖が混ざった声。膝が震えている。
「ブモゥゥゥ」
モレクの低い咆哮が響くと、丑人たちはその場に膝をついてしまった。
「わわわ、皆さん、もう過去の鎖に縛られる必要はありません! 奪われた過去ではなく、自分たちで切り開ける未来を目指しましょう!」
ミーアの声が、重苦しい空気を切り開いた。
丑人たちは一人、また一人と立ち上がる。恐怖は完全には消えていない。それでも、目には確かな意志が宿る。
リリィ、エルマ、ミーアと丑人たち。それぞれが魔王と向き合っていた。
リリィとメリー。そこには白く甘い霧が周囲に広がっていた。
霧は視界だけでなく、思考まで鈍らせるようだ。わずかに沈むような感覚を、リリィは足を踏み締め、振り払った。
「なっ……霧の中に目があるにゃん」
「あらあら、そのまま私の目を見て。安らかな眠りに包んであげる。それが運命」
リリィは目を閉じ、嗅覚だけで相手の位置を読む。
黒い残像を一直線に走らせ、メリーの外套を裂いた。
「まあ、乱暴ですのね」
霧の中に、瞳の数がさらに増えた。
エルマとガルムは正面衝突。
二人の深い因縁が、今ここでぶつかる。
圧縮された空間が弾み、ガルムの斬撃がそれを引き裂く。エルマが二人の距離を引き伸ばすとガルムは素早く詠唱した。
「――彼方なる虚空より、時すら凍てつく絶対零度の白氷……」
『冥王氷塊!』
あらゆるものを凍結させる白銀の氷塊が現れる。
「俺も最上級魔法を習得したんだぜ。おめえに負けないようにな」
「ほう、そうか。儂は十二で習得したがな」
「ほざけ。牙王の咆哮!」
ガルムが氷塊を咆哮に乗せて飛ばす。
『空間⭐︎反転』
しかしエルマは冷静に魔法を重ねた。
「音速で飛ばそうと、反転させれば音速で返るだけじゃ」
氷塊が軌道を反転し、ガルムへと浴びせられた。ガルムの動きがわずかに鈍る。
『空間⭐︎圧縮』
その隙を逃さず、エルマの得意魔法が発動。周囲の空間が一気に収束し、ガルムの身体を拘束する。
「師匠、さすがだな!」
拘束は完璧――のはずだったが……
俺の視界がノイズに覆われる。
次の瞬間、ガルムは無傷で別の場所に立っていた。凍結も圧縮も、なかったことにされている。
ウルドの力だ。過去が、また改変された。
一方、リリィも詠唱していた。
「黄泉の門よ、今ここに開かれよ。冥府の深淵より来たれ、終焉に潜む終焉の刃!」
闇が収束し、放たれた『死の鎌』がメリーの身体を両断する。
「くはっ、これは……絶命……」
――しかし、ノイズ。
メリーは微笑んだままだ。
これでは、いくら魔王たちを倒しても意味がない。ウルドを止めない限り、戦果はすべて、なかったことにされる。
だから、目的は最初から魔王を斬ることではない。ヴァルハラを止めることだ。
俺は戦線を離脱し、ヴァルハラの中枢へと駆ける。魔力が収束する中心部。魔道具の心臓。
その中心部への扉が見えた。あの中の核を破壊すれば、ヴァルハラは止められる。
「至れ我が工房、顕現せよ、魔道具二十二番!」
俺は展開した魔法陣を扉へ滑り込ませようとした。
「ブモッ!」
しかし、轟音とともに、巨体が天井から落下する。俺の視界が遮られた。
モレク。
そして次の瞬間、白い毛が視界を覆う。霧の奥から、メリーが歩み出る。
「あらあら、ヴァルハラは止めさせませんよ」
わずかに遅れて、リリィ、ミーアも駆け寄った。
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