敗北
転送魔法の光が収まると、肌に感じた森の空気は、ひどく冷たかった。
「どういうことだ……なぜ遺跡にモレクがいた」
俺の声は乾いていた。
「まるで、儂らの動きを知っておったかのようじゃったな」
エルマは鋭い視線のまま、考えているようだった。
「それに……確かに倒した。あの衝撃は、手応えがあったはずなのに……」
「うむ。じゃが、倒した後の奴の体は変質しておった。縮み、色が変わり、あれは同一個体とは思えぬ」
「戦っていたのは別の丑人だったのか……影武者みたいな……」
「しかし、力は本物じゃった。間違いなく、上位の魔王のものじゃ」
ふと思考を逸らせる。
鉱山側はどうなった?
理屈では、モレクが遺跡にいたなら、あちらは手薄だったはずだが――
相手は理屈の通らない存在。何やら胸騒ぎがする。
そのとき――
白くふわふわした毛並みの女性が、森の奥から駆けてくる。
「魔科学術師さん……見つけました。とても大変なんです」
息を乱しながら駆けてくるメリーだった。
普段は柔らかな声音の彼女が、明らかに慌てている。
「何があった?」
返ってきた言葉は、俺の嫌な予感を踏み越えてきた。
「鉱山の部隊は……壊滅です。現れた沈黙の巨蹄さんによって、冥府の女王さんと金色の豪鬼さんは拘束されてしまいました」
どうしてそんな状況になる? 思考が、一瞬止まる。
「……待て。モレクが、鉱山にいた、っていうのか?」
「はい……間違いありません。私もこの目で見ました」
俺たちは、遺跡で確かにモレクと相対していた。
その魔王が――鉱山にも出た?
それが本当なら、モレクは複数体存在することになる……
「リリィとグリンが拘束された……ということは、ミーアは?」
「何とかその場から逃れられたようです……それは私も、ですが……涙目」
ミーアの無事は願いたい。
それにしても、リリィ、グリン、メリー。魔王が三名。さらにミーア。それだけの戦力があって、モレクに敗れたというのか。
確かにモレクは強かった。
だが――そこまでの差になるだろうか?
俺はさらに詳しい説明をメリーに求めた。
「はい……」
彼女は息を整え、鉱山での戦いの様子を語り出した。
「最初は優勢で、丑人さんたちを圧倒していました。でも……沈黙の巨蹄さんが現れてから、空気が変わりました。突然、あらゆる音を、消されたのです」
俺も体験したあの能力か。
「周囲一帯が無音になり、冥府の女王さんも、金色の豪鬼さんも、私も、あらゆる精霊魔法が、すべて封じられてしまいました。私なんて、魔法が使えなければ、身体能力はただの羊ですから」
メリーは自虐的に肩をすぼめた。
「その状況でも、冥府の女王さんと金色の豪鬼さんは体術で応戦しました。でも……」
そこで言葉が詰まる。
「あの巨体を前に、力負けでした」
静かに告げられた敗北。確かにここまでは理解できなくもない。
「そのときミーアは?」
だが、俺は重ねて問う。
あいつの石化邪眼や毒霧は、無詠唱の能力。沈黙の影響を受けないはずだ。
メリーは、わずかに視線を彷徨わせた。
「ミーアさんは……実は、早々に戦場を離脱されました。おそらく、沈黙の巨蹄さんとの力量差を悟られたのだと思います。ミーアさんは強いです。ですが……魔王ではありませんから。それは、自明」
その先の言葉を、俺は飲み込んだ。
メリーの話が本当なら、古代遺跡と鉱山、どちらのモレクも本物としか思えない。
「それで、拘束されたリリィとグリンがどうなっているのか分かるか?」
「それが……」
メリーは言い淀みながら続けた。
「沈黙の巨蹄さんは、
冥府の女王さんと金色の豪鬼さんを――公開処刑されると宣言されたんです……」
空気が凍ったようだった。
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