想定外
魔力を解放し、転送の魔法陣を二つ同時に展開する。
「ホワイル――転送の門。百メートル上空へ。此の地の巨岩を――エンド!」
輝いた魔法陣から岩塊が姿を現し、自由落下の繰り返しを始める。
加速させるには時間が必要だ。十分な威力まで高めるには十秒。できれば十五秒。
だが、そんな俺の都合を、モレクが待つはずもない。
俺の三倍はあろう歩幅で踏み込み、距離が一気に詰まる。
『空間⭐︎湾曲』
エルマは再び空間を歪め、迫り来るモレクとの距離を引き離す。
「これなら楽に十五秒は稼げるじゃろう」
だが、現実は甘くなかった。
空間が歪んでも、モレクは足を止めない。
左右へ鋭く跳び、回り込もうとしてくる。
エルマの『空間⭐︎湾曲』の魔法も万能ではない。
引き延ばせるのは、魔法陣前方の限られた範囲だけだ。
それを見抜いたモレクは巧みに歪みから抜け出そうとしてくる。
「……くっ、まだ、五秒か」
エルマは慎重に魔法陣の向きを変え、モレクの動きに追従する。
「読みを外せば一瞬で詰められそうじゃ」
モレクは不規則に踏み込みの角度を変え、フェイントをかけるように左右へ跳んでいる。
明らかに、歪みから外れることを狙っている。この魔王、無口だが、なかなかの頭脳を持っている。
「くっ……!」
エルマの額に汗が滲む。
わずかな揺らぎで、モレクとの距離が一瞬で縮まり、また引き伸ばされる。
エルマは補正を繰り返し、空間の歪みを維持し続ける。
だが、次の瞬間には――
モレクが、大きく横へ跳んだ。
「いかん、外したか!」
歪みの外に飛び出し、距離が一気に詰まる。
「師匠、今だ!」
俺は叫んだ。もう十分だろう。
『空間⭐︎圧縮!』
そこでエルマは即座に魔法を切り替えた。
モレクの周囲の空間が一気に押し潰され、見えない壁に挟まれたように、巨体の動きが、ほんの一瞬止まった。
狙いどおり。
俺は、加速していた巨岩の速度ベクトルを切り替える。
『隕石射出!』
赤く灼けた岩塊が、空を裂いて撃ち出された。
完全に息を合わせた一撃。回避は不可能。
拘束されたまま、モレクは正面からそれを受けた。
轟音と共に、巨体が文字通り、弾け飛んだ。
「……やったか?」
お約束なセリフをこぼしつつも、俺たちは警戒を解かず、モレクに歩み寄る。
「完全に骨格まで粉砕されておるようじゃの。――しかし……」
エルマの声が、わずかに陰った。
「こやつの体、少し縮んでおらんか?」
言われて俺も、その事実に気づく。
「確かに。それに、さっきまで真っ黒だったはずの体色が……今は、茶色に見える……」
嫌な予感が、背中を駆け上った。
「――いけないっ!」
体が反射するように飛び退いた、その瞬間。
「ブモォッ!」
叩きつけられた斧が、大地を割った。
さっきまで俺たちが立っていた場所に深い亀裂が走り、地面が沈み込んだように見えた。
なんという重たい攻撃。
……だが、おかしい。
確かに、俺のあの一撃はモレクに直撃したはずだ。
なのに、目の前にいる魔王モレクは、まるで負傷している様子もない。
理解が追いつかず、思考が空回りする。
「師匠……ここは、一旦引こう。あまりに、想定と違いすぎる」
俺の声は、自分でも驚くほど動揺していた。
「……うむ。今は、それが賢明のようじゃな」
エルマも否定しなかった。
俺たちは一瞬だけ視線を交わし――
次の瞬間、転送魔法が展開された。
――撤退。
徒労感と背中に貼りつく悪寒を残したまま、俺たちは戦場から離脱した。
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