沈黙の気配
グリンの攻撃は、そこで終わらなかった。
さらに踏み込み、三又の槍が丑人の巨体を正面から貫く。
「――豊穣!」
その一語とともに、槍を媒介に魔力が解き放たれる。
刹那、切っ先から樹木が噴き出した。
それは意思を持つかのようにうねり、膨張し、成長する枝はやがて幹のように太くなり、地に到達して深く根を張る。
絡み合う無数の枝によって丑人の巨体は瞬く間に絡め取られ、抗うこともできず、大地へと縫い止められた。
「見たか。これがオレの『豊穣』の力だ」
荒々しいが、破壊ではなく再生を思わせる。
一撃で相手を無力化するその力に、丑人たちも緊張を隠しきれない。
――さすがは魔王。
グリンも、単なる武闘派ではない。
だが、それでも敵の数は多い。
鉱山の方角から、さらに丑人たちが集まり、増えていった。
「リリィ、ミーア。大丈夫か?」
戦況を確かめる俺の声に、即座に返事が返る。
「誰に聞いてるにゃん? 丑人など、図体がでかいだけの相手にゃん。最強の身体能力を持つのは、私たち寅人にゃん!」
リリィは地を蹴り、宙を舞う。
振り下ろされた斧をひらりと躱し、着地と同時に短く詠唱する。
冷気が弾け、丑人の脚が一瞬で凍結した。
「力は確かに凄まじいですが……動きの速さはそこまでではありません。であれば――すみません、すみません、どうかしばらく、石になっていてください」
バジリスクの姿へと変じたミーアが石化邪眼を放つ。
咆哮を上げかけた丑人は、その途中で石像へと変わった。
「あらあら……皆さん、本当にお強いですわねぇ」
メリーは一歩引いた位置から、余裕のある微笑を浮かべて戦況を見渡している。
「ここは任せて、ご主人様は遺跡の方へ行くにゃん。派手に暴れて引きつけておくから、のんびり行ってきていいにゃんよ」
確かに、この状況なら、任せて問題はなさそうだ。
リリィの言葉に背を押され、俺とエルマは戦場から静かに距離を取った。
――ここから先は、俺たちの『静』の戦いだ。
身を低くし、岩陰を縫うように進む。
視界の端で、丑人の軍勢が次々と遺跡から鉱山へ引き寄せられていくのが見えた。
「狙い通りに進んでおるようじゃの。普通に考えれば、鉱山の方が重要じゃからな。遺跡の方には、俗人にはよく分からん魔法が眠っておるだけじゃ」
軍勢が通り過ぎるのを待ち、俺たちはティアマト古代遺跡へ踏み入った。
予定通り、守りに残る丑人の数は、明らかに少ない。
「この程度なら、最悪、全員相手でも問題はないな」
「避けられる争いは、避けた方が賢明じゃ」
エルマの言葉とともに迷彩の魔法が展開され、俺たちの輪郭は景色に溶けていった。
後は、静かに、確実に、遺跡へと入り、古代の叡智まで到達すればいい。
その瞬間、何故か俺の足が止まった。
敵の数は少なく、配置も甘い。
理屈の上では警戒する理由はない。
それでも、踏み出そうとした足が、言うことを聞かなかった。
嫌な汗が、背中を伝う。
――近づくな。
理由は分からない。
俺の本能が警告していた。
「師匠……何か、変だ」
声が、はっきりと出せない。
「うむ」
エルマの返事にも、不安の色が滲んでいた。
「丑人たちが……怯えておるようじゃ。今の主戦場は、鉱山のはずじゃ。じゃが……こ奴らは一体何に警戒しておるのか……」
空気が重く張り詰め、一瞬、世界が急に静まり返ったように感じた。
――背後を覆う寒気。
振り向く前に、身体が飛び跳ねた。
気配はなかった。それなのに、そびえる影が、そこにあった。
ただ立っているだけで、周囲のすべてを黙らせる。
――沈黙の巨蹄。
魔王モレクが、そこにいた。
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