亥人の宴
その夜、魔王グリンは俺たちのために、豪勢な宴を整えてくれた。
卓を埋め尽くすのは、大型獣の肉料理が中心だ。
豪快に切り分けられた肉は、圧倒的な存在感を放っている。
「わわわ……なんという巨獣のお肉……この一片だけで、私のお腹ははじけちゃいそうです……」
ミーアは積み上げられた肉を見て、困惑と期待が入り混じったような顔をしている。
「相変わらず、ここの料理は……優雅さとは程遠いのう」
エルマは卓を見渡し、どこか懐かしそうに苦笑した。
「なんだ、エルマの姉貴は戌人だろ? 戌人と言えば、肉は好きなはずじゃねえか」
グリンは言いながら豪快に皿に取った肉を噛みちぎった。
「嫌いではない。じゃが……もう少し、繊細な味付けをじゃな……」
「肉なんてのは、程よく焼いて塩を振りゃそれだけで十分旨えんだ。味を変えたきゃ、別の生き物の肉を食えばいい」
「そもそも、その『程よく焼いて塩を振る』食い方を教えたのは儂じゃろうが。三百年前、儂がここへ来た頃、お主らは生肉をむさぼっておったではないか」
「おお、そうだったそうだった!」
グリンは思い出したように声を上げ、何度も頷く。
「前に姉貴が旨い肉の食い方を教えてくれたおかげで、オレらの人生、十倍は幸せになったぜ。あん時は本当に世話になった!」
「まったく……」
口では呆れながらも、エルマはナイフとフォークで切り分けた肉を黙々と口へ運んでいた。
肉自体は、確かに旨い。
「アースガルドの料理も美味かったにゃんが、このでかい肉もなかなかにゃん! まさに素材の味を活かしているにゃん!」
「おお、分かるか冥府の女王! これこそヨトゥンの味ってやつよ!」
「ビャコウにも食わせてやりたいにゃん」
肉食派同士が、がっちり意気投合している一方、
「あらあら……私、お肉は苦手でして……。お魚ならまだ良いのですが……お野菜も、見当たりませんわねえ」
未人のメリーは皿を前に、微笑みながら困っていた。
「そういや、エルマの姉貴。あれからヨトゥンヘイムには一度も来なかったのか?」
グリンが盃を傾けながら尋ねる。
「ああ。ここの古代遺跡は、すべて巡ってしまったからのう。それからは、論文をまとめることに時間を使っておった。それと、最近はうっかり石になっておった」
「そうか……姉貴も、いろいろあったんだなあ」
グリンはしみじみと呟いた。
「それで、グリンよ。お主の方は、何か変わりはないのか?」
エルマの問いに、グリンはすぐには答えず、杯を一気に飲み干した。
「まあ、回っちゃいるが……最近は丑人どもとの縄張り争いがきつくてな。正直、落ち着かねえ」
「丑人……魔王モレクが束ねているにゃん?」
その名が出た瞬間、グリンの表情が曇る。
「ああ、あの野郎だ。実は、オレらが長年使ってきた鉱山を丑人に押さえられてな。鉄の入手が難しくなった」
グリンが顎先で示した先には、錆びついた武器が積まれていた。
「狩りも畑仕事も、鉄が必要だ。錆びた鉄ではすぐに折れちまう。鉱山を取り返したいのは山々なんだが……言いたかねえが、モレクは強い……」
グリンはしばし沈黙した。
「沈黙の巨蹄、モレク。七人の魔王でも最大の体躯。多くは語りませんが、その少ない口数の中に底知れない恐ろしさを感じますわね。それはつまり、深冥」
メリーの声は静かだが、言葉は重かった。
「私も、正直あいつとは関わりたくないにゃん」
リリィでさえ、珍しく及び腰だが――俺も同感だ。
魔王議会で対面したモレクは、明らかに他とは異質な存在だった。
「別の大陸から鉄を仕入れる手はある。だが、ここまで運ぶだけで相当な手間だ。このままじゃ武器が足りなくなっちまう」
グリンは短く息を吐いた。
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