確定した未来
『……どうやら、うまいこと運んだみたいやな』
神託対話アプリから、軽い調子が響いた。
ヴェルダンディだ。
彼女の介入がなければ、エルマが蘇ることはなかった。心から感謝しよう。
だが同時に、胸の奥に引っかかっているもう一つの人物の顔が浮かぶ。
「……そうだ。ハルトはどうなった?」
俺とアースガルド軍の騒動の最中に、命を落としたハルト。
エルマが消滅した過去はもう書き換えられたのだから、それに連なる出来事も変わっているはず。
だが、返ってきた声に、期待は一刀両断された。
「どうなったも何も、ご主人様がうっかりやらかしたにゃん。今更現実逃避しても、無駄にゃん」
リリィが、軽くたしなめてくる。
「お主が、アースガルドの皇帝プラティナスと対立し、騒動の最中にハルトは命を落とすことになってしまった。それで……ハルトを蘇らせる術がないかと、ここへ来たのではなかったか?」
エルマの冷静な説明で状況は理解できた。今の現実は、そうなっているらしい。
どうやら、エルマが存在している以外の流れは、ほとんど変わっていないようだ。
「ヴェルダンディ、過去は変わったはずだ。なのに、なぜ……それに関連する出来事は変わらない?」
俺は、食い下がるように問いかける。
『まあそこにも、ウルドが絡んどるんやろ。ほんまに……よう辻褄を合わせられるもんやな』
ヴェルダンディの声にも驚きが滲んでいた。
そのときだった。
『そのハルトの死は――もはや、動かしようがありまへん』
聞き覚えのない声。
澄んでいて、静かで、それでいて、容赦のない響きだった。
「……誰だ?」
『うちはスクルド。未来を司る、ノルンの一人どすえ』
ついに、三人目のノルンのお出ましだ。
『それは、確定した未来なんどす。過去をどれほどいじらはっても、どんな足掻きをなさろうとも、必ず、確定した未来に収束しよります』
俺は強い憤りを覚えた。
「……なぜだ。なぜ、ハルトが死ぬことが確定した未来なんだ?」
『あの方のお力が……あまりにも強すぎるからどす』
淡々と、事実を告げる声だった。
『今でさえ、世界の均衡を揺るがすほどの力をお持ちだったどす。しかもまだ、さらに成長する余地がおありや。これ以上の成長を許してしもたら……もう、取り返しがつきまへん』
ハルトの持つ『先導者の加護・大』。彼に従う者は、最大で十倍の力を発揮する。
それは、対象が魔王であっても超人であっても例外なく……だ。
しかも、今後さらにその能力が強くなるとすれば、確かに――強すぎる。
だが。
「……それは、ハルトの罪じゃない」
思わず、声が漏れた。
世界の都合で、能力が危険だから、という理由だけで、死を定められる。
そんな運命があってたまるか。
『そない言われましてもな、これは何万年も昔から決まっておったことなんどす』
思わず肩の力が抜ける。ハルトが生まれるより前から、決まっていたというのか。
「その確定した未来は……ノルンでも、変えられないのか?」
『変えられまへん。未来の確定事項を司るんは、確かにうちの領分どすけど、うちが変えられるんは、未来のことだけ。すでに過去になってしもた確定事項は、どないしても、変えられまへん』
スクルドは、静かにそう告げた。
『そして、過去を扱えるウルドかて、確定した未来までは、どうにもならしまへん』
つまり――
「……ハルトは、もう……どうやっても救えないのか」
言葉が、喉に引っかかる。
『前にも言うたやろ。うちらに変えられるんは、せいぜい五分五分の出来事くらいや。せやからな、どうにもならんことは、受け入れるしかあらへんのや』
ヴェルダンディの声が、静かに重なった。
ただ変えられない事実を告げるような声音だった。
沈黙が落ちる。
それを破ったのは、未人の魔王メリーだった。
「お気持ち、お察しします。運命の女神でも、介入できないことがあるのですね。つまり、それは運命」
エルマが、小さく息を吐いた。
「さて……ここで、いつまでも立ち止まっているわけにもいかんようじゃな」
そう言って、遠くを見据える。
「儂らを追って、アースガルドの軍勢がすでにニブルヘイムへ侵攻し始めておるという。今はまだ猶予があろうが――いずれ、ぶつかることになる」
アースガルドとの全面衝突――それは、絶対に選びたくない道だ。
状況は、まだまだ予断を許さない。
それでも――
俺は、ふと隣を見る。
ここに、エルマがいる。
遥か昔に失われていた存在が、今は確かに隣に立っている。
その事実だけで、今は十分だ。
俺はノルンたちに感謝を述べ、神託所を後にした。
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