貪り喰うモノ
リュカオンを討ち、親族同士の戦いに勝利したガルムの軍団は、その勢いのまま戌人の街へ雪崩れ込み、完全に制圧した。
そして、魔王ガルムによる戌人支配が始まることになる。
これにより、公爵家としてのフェリル家は、完全に潰えた。
その頃、俺たちが辿り着いた先は、ニブルヘイムの外れだった。
そして、エルマを縛る貪り喰うモノは、なおも彼女の身体に絡みついている。
俺がどんなに外そうとしても微動だにせず、脈打つようにエルマの魔力を吸い上げ、確実に彼女を蝕んでいた。
「ロキよ……無駄だ。これは神でさえ拘束できる神具。一介のヒトである私の手に負える代物ではない」
エルマは静かに言った。悲嘆も焦りもなく、自らの運命を受け入れているようだった。
「私は長くは持たん。私のことなど放っておいて、主はもう行け」
そんなこと、できるはずがない。
エルマを救う。
それが、俺がこの時代に来た、ただ一つの理由なのだから。
「必ず助ける」
エルマは、驚いたような、困ったような顔で俺を見る。
「……なぜ、そこまで私に尽くす? 主とは金のための主従関係だったはずだ。共に過ごした時間も、ほんの数日――」
違う。
確かに、この過去のニブルヘイムで共に過ごした時間は長くはないが、元の時代で俺は、師匠としてのエルマと、六年の時を共にした。
師匠からは多くのことを教わり、幾つもの死線を共に潜り抜けてきた。
「エルマ。君をここで死なせるわけにはいかない」
エルマがいない世界など、想像すらしたくない。
「転送魔法で、神具を引き剥がす」
「……無駄だと思うが」
それでもやる。
俺は魔法陣を展開し、対象を貪り喰うモノのみに限定し、転送魔法を発動した。
外れてくれ……!
だが、転送が成立しない。
それに気づいた時、俺は愕然とした。
貪り喰うモノは、既にエルマの存在そのものに食い込み、ほとんど彼女と一体化している。
「……他に、何か方法はないのか……」
焦燥感だけが募り、考えがまとまらない。
エルマは、弱々しく口を開いた。
「望みは高くはないが……フェリル家に代々受け継がれる加護がある。満月の夜にのみ、獣化できる能力だ。破邪の加護とも呼ばれ、上位のクラスの力を引き出せる」
俺は思い出した。月光に輝く、フェンリルの姿を。
「だが、それでも神具を解き放てる保証はない。それに……満月は明日の夜だ。それまで、私の命は……持たぬだろう」
それでも、可能性がゼロではないのなら――
俺は即座に動いた。
周囲を駆け回り、食料、回復薬、手に入る限りを集め、彼女に与え続けた。
だが、貪り喰うモノは、そんな俺の行為を嘲笑うかのようにエルマを侵食し、彼女は、目に見えて衰弱していった。
「ロキよ……そろそろ、別れの時のようだ」
エルマの声は、かすれていたが、穏やかだった。
「私の魔力は、もはや完全に尽きた。神具は今、私の命を吸っておる……間もなく、死ぬだろう」
俺は、何も言えなかった。
視界が、ゆっくりと暗転していくようだ。
エルマが、永久に、この世界から失われる。
その未来が脳内によぎるだけで、思考が形を保てなくなる。
どんなことをしても、阻止しなければならない。
「……なら、エルマの命の代わりに、俺の魔力を吸えばいい」
躊躇はなかった。
深く考えるより先に、身体が動いていた。
俺は、自分の魔力を解き放つ。
奔流のような魔力が、貪り喰うモノへと流れ込んでいく。
エルマの表情が、ほんのわずかに緩んだ。
「……神具が魔力を吸っている間は、命を吸われんようだな」
だが、彼女は安堵することもなく首を振る。
「もうよせ。主の魔力をすべて吸い尽くすだけだ。結果は変わらん」
「やめない」
俺は即答した。
「それで、少しでもエルマが生きられるなら……十分やる価値がある」
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