規格外の魔法使い
魔王の魔力で周囲の空気を震わせながら、ガルムは詠唱を始めていた。
「極寒の霧の生まれ出る場所より、霜のスカジの魔力を呼び寄せよ!」
魔法陣の中心に向かって、白い霧が渦を巻く。
『大氷塊!』
魔力を凝縮させると、ガルムの眼前に巨大な氷塊が顕現した。触れたものすべてを瞬時に凍結させるという、紛れもない上級魔法。
だが、大氷塊はその場に止まったままだ。
「上級魔法も、私に届かなければ意味はないのだぞ」
呆れたようなエルマの言葉に、ガルムが少しニヤけたように見えた。俺は咄嗟に叫んだ。
「エルマ! あいつ、魔法を音に乗せて飛ばすぞ! 気をつけろ!」
「なに!?」
エルマが空間を限界まで引き延ばそうとしたその直後だった。
「牙王の咆哮!」
ガルムの咆哮が炸裂する。
魔法を音速で射出する魔王の特技。
空気が弾けるように、氷塊が一直線に迫る。
速い。
さすがに、エルマが空間を引き伸ばしても氷塊との距離が詰まってくる。
だが、エルマは動じない。
空間を歪める魔法陣を維持したまま、静かに詠唱を始めた。
「彼方なる虚空より、時すら凍てつく絶対零度の白氷……」
淡々とした言葉に、力は応じた。
『冥王氷塊』
白く輝く氷塊が、静かに顕現する。
解き放たれたそれは、迫り来るガルムの大氷塊を正面から包み込み、その存在を呑み込んだ。
「……おい」
ガルムの表情から、余裕が消える。
飛来する冥王氷塊は避けたものの、床で弾けたそれは、一瞬で部屋全体を氷結させ、氷の洞窟のような有様に変えた。
「その魔法……最上級じゃねえか」
「ああ、そうだ」
エルマは、あまり興味もなさそうに答えた。
「精霊魔法は、十二の頃にすべて習得してしまったからな。やることがなくなったから、古代魔法の研究を始めたのだ」
「チクショウ、初めて見たぜ。……俺でも、まだ使えねえんだが」
ガルムの呟きは、ほとんど独り言だった。
エルマはただ最上級魔法を放ったのではない。空間を歪める五つの魔法陣の連携制御を続けたまま、さらに最上級魔法を放ったのだ。
その魔法の能力はあまりに規格外。
「さて」
エルマは、剣を杖代わりにして辛うじて立つリュカオンへ、ほんの一瞬だけ視線を向けた。
「リュカオン殿も、早く手当てをせねばなるまい。主との力比べも……ここまでとしよう」
淡々と告げ、一歩、前へ。
「ことを急いで悪いが――先日、古代遺跡で見つけた、ハガルの魔法陣を使わせてもらうぞ」
「まだ別の古代魔法があるのか!?」
その言葉に、ガルムの顔が引きつった。
焦燥に駆られ、反射的に詠唱へ入る。
「極寒の霧の生まれ出る場所より――」
だが。
『崩壊!』
詠唱半ばで、エルマの魔法が、容赦なく解き放たれた。
「ガァッ!」
空間に魔法陣が出現した途端に繰り出された衝撃が直撃し、ガルムの巨体が宙を舞う。
床を砕き、壁に叩きつけられ、魔王の身体が無様に転がった。
「ハガルは直接的な破壊の魔法陣。これでも加減しておるのだぞ。増幅させれば空間を崩壊させ穴も空けられる」
ガルムは起き上がる前に再び詠唱を試みる。
「世の果て、北の極地より――」
『崩壊!』
「ゴアァッ!」
魔力の塊が容赦なく肉体を抉る。
「無駄だ。ハガルの魔法陣は無詠唱。主が詠唱を終える前に、十発は撃てる」
「この俺様が、負けるはずが――」
床を這い、もがくガルムに、エルマは容赦しなかった。
『崩壊!』
「くはっ! こんな、認められるかよ……分家ごときが――!」
『崩壊!』
ガルムの言葉は、もう何の意味も成していない。
「ま、待て……!」
『崩壊! 崩壊! 崩壊!』
やがて、ガルムは自らの血溜まりの中へと崩れ落ち、動かなくなった。
「……おい、エルマ。やりすぎじゃないか?」
さすがに、俺も声をかけた。
これが、八百年前のエルマ。
俺の知る師匠より攻撃が直接的で、実戦の経験不足は感じるものの、それでも十分に強い。
少なくとも俺が支えに回る必要は、まったく感じさせない。
エルマは振り返りもせず、淡々と答えた。
「魔王の生命力はゴキブリ並だぞ。この程度で死にはせんと思うがな」
……つまり俺も、ゴキブリ並というわけか。
「それに……」
エルマは、ガルムから視線を外さずに続けた。
「この戦いは、ガルムを倒さねば終わらん。私とて、親族を手にかけたいわけではないが……これで、仕舞いにしよう」
そう呟くと同時に、空気が変わった。
「仕方あるまい。これも、ガルム自らが招いた結果だ」
エルマの周囲に、これまでとは比べものにならない魔力が集まり始める。
圧縮され、重ねられ、制御された魔力が、静かに膨張していく。
その時だった。
「エルマよ。よくやってくれた」
かすれた声が、背後から響いた。
振り向くと、そこには満身創痍の本家当主、リュカオンが立っていた。
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