過去の師匠に仕える
エルマは瞳をきらきらと輝かせ、身を乗り出すようにして語り始める。
「私の名は、エルマ・フェリル。歳は十五。まだ若輩ではあるが、魔法の腕にはそれなりの自信があるのだぞ」
誇らしげに胸を張る仕草に若さを感じる。
「それから、今は擬態魔法を使って、主と同じ申人の姿になっておるが……本当は戌人なのだ」
そう言って、少し照れた表情を見せた。
「私はな、申人の顔のフォルムが好きでな。特に、澄ました顔で茶を飲むときの表情がたまらん。ちなみに、戌人のままで茶を飲むと、ああなるからの」
手で示された先では、戌人が路上の席で茶を啜っていた。
器に口先を突っ込み、舌をぺちゃぺちゃと動かすその様子は――確かに優雅とは言い難い。
「な? これでは品位の欠片もないであろう。しかし、口の長い戌人の顔では、構造的にどうしてもああなる。だから私は申人に擬態しておるのだ」
そういえば、八百年後のエルマも、まったく同じことを言っていたのを思い出す。
「十二種族の中で最も美しいのは卯人、という説もあるが……まだ私は会ったことがないものでな」
そして彼女は興味津々といった様子で、俺を見上げる。
「して、主の名は何という?」
リバティ――そう答えかけて、俺は言葉を飲み込んだ。
歴史への影響は、できる限り避けるべきだ。この先弟子になる男の名前は伏せておいた方が良いだろう。
「ク……ロキだ」
そこで俺は、この世界では、あまり使われていなかった苗字のほうを名乗る。
「ほう。ロキ、か。良い名だのう」
『ク』が抜けてしまったが、まあいいか。
そこでエルマの目が急に鋭くなる。
「ところで、主が先ほど使った魔法。あれは古代魔法の一つ――転送魔法ではないか?」
「そうだ」
俺は素直に答えた。
「異なる空間を繋げる古代魔法『ラド』。私の仮説では、あらゆる精霊魔法の源流にあたる魔法だ。主は、どこでそれを学んだ?」
「ああ。俺の師匠に教わった」
その師匠とは、未来のお前だ。
「おお、主には師がおるのか。それは一度、是非お目にかかりたいものよ」
エルマは感心するようにそう言った後、質問を重ねた。
「それで……ロキよ。主は、これからどうするつもりなのだ? 何か目的があって、ここに来たのだろう?」
俺の目的は、ただ一つ。この時代でエルマを守りきることだ。
だが、それを今の彼女に告げるわけにはいかない。
「しばらく、この街に滞在するつもりだ。所持品をすべて失ってしまったから、まずは、生きるために必要なものを揃えようと思っている」
「おお、そうなのか。それなら――」
エルマは、何かを思いついたように目を輝かせた。
「もしよければ、ロキよ。しばらく私に仕えてみるのはどうだ?」
「……仕える?」
「先立つものが必要なのであろう? 私に仕えれば給金も出せる。こう見えて、私はこの街ではそれなりに名の知れた家の者なのだ」
そして、少しだけ声を弾ませる。
「実は、ずっと申人の従者が欲しいと思っていてな。しかも転送魔法の使い手ときては……ここで別れてしまうのは、あまりにも惜しい」
従者になれば、自然にエルマのそばにいられる。
しかも生計も立って、一石二鳥。
それは、俺の目的にとって、これ以上ない条件だった。
「……分かった。その話、受けてもいい」
俺がそう答えると、エルマは満足そうに頷いた。
「うむ! では、これからよろしく頼むぞ、ロキ」
こうして俺は、八百年前のエルマに仕えることになった。
エルマに連れられて向かった彼女の屋敷は、遠目にも分かるほど立派だった。
石造りの外壁に意匠を凝らした門。手入れの行き届いた中庭。
一目で、名家の屋敷だと分かる。
「ここで少し待っておるのだ」
そう言い残し、エルマは俺を門の外に待たせて中へ入っていった。
しばらくして、彼女は一抱えの衣服を手に戻ってくる。
「執事の服を拝借してきた。さすがに、そのなりで屋敷に入れるわけにもいかんからな」
ちらりと、俺が纏ったスノーベアの毛皮を見る。
「主には少し大きいかもしれんが……ひとまず着替えてくれ」
俺は物陰に回り、毛皮を脱いで渡された服に袖を通した。
確かにサイズは合っていないが、袖と裾を軽くまくれば問題はない。
身なりが整ったところで、エルマが満足そうに頷く。
「おお、見違えたな。それなら、すっかり申人の従者に見える。ふふ。やはり私の見立てに狂いはなかったのだ」
その無邪気な笑顔を前に、俺はわずかに安堵した。エルマの次の一言までは。
「しかし、私の従者になった以上、これから存分に主を使い倒させてもらうからの!」
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