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魔道具エンジニアによる異世界革命〜魔改造済みにつき魔王はご主人様に逆らえません〜  作者: マシナマナブ
第四章 回帰編

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209/220

無垢な彼女

 低く垂れ込めた雲の下、石で組まれた建物が肩を寄せ合うように並び、屋根には分厚い雪が残っている。

 通りのあちこちでは焚き火が燃え、鉄と獣脂の混じった独特の匂いを街全体に漂わせていた。

 行き交う戌人たちは皆毛深く、犬のような頭部を持ち、厚手の毛皮外套に身を包んでいる。


 その視線が、汚れたものを見るように、俺に注がれている。


 戌人の街に申人が紛れ込んでいる時点で異質なのに、加工していないスノーベアの毛皮をそのまままとっているのだから無理もない。

 嫌悪と警戒が混じった空気が、肌に刺さるように伝わってくる。


 ほどなく、武装した戌人の警官が前に出てきた。


「身分を証明できるものを見せてもらおう」


 もっともな要求だ。だが、今の俺は何も持っていない。


「……怪しげだな。調べさせてもらいたい。同行してもらおうか」


 やはり、そうなるか。面倒な展開だ――そう思った、その瞬間だった。


「待つがよい!」


 耳に引っかかる、聞き覚えのある声。


「誰が待つかよ、バカが!」


 声の方に反射的に視線を向けると、人垣の向こうから戌人の男が脇目も振らずに駆けてくる。


「その人スリよ! 捕まえて!」


 誰かの叫びで、状況を理解した。

 なるほど、どこの街にも生息している悪い生き物だ。

 俺は即座に魔力を組み上げた。


「至れ、上空へ。導くはこの者」


 走り込んできた男の足元に、転送魔法陣を顕現させる。

 次の瞬間、男の姿が掻き消え、上空に放り出された。そのまま重力に引かれ、情けない悲鳴とともに落下。

 何が起きたのか理解できないまま地面を転がり、先ほどの警官に取り押さえられた。


 そして、そのスリの男を追ってきた少女が姿を現した時、俺の目頭が熱くなった。

 戌人ばかりの街の中で、申人のような外見の、異質な存在。

 サファイヤのように澄んだ青い瞳。

 肩まで流れる、月光を思わせる銀色の髪。


 ――間違いない。

 彼女は、八百年前のエルマだ。

 ただ一つ、決定的に違うところがあった。

 俺の知るエルマは、すべてを見透かすような冷めた眼差しをしていた。

 だが、目の前の彼女の瞳は、キラキラと好奇心に満ちている。


「おお――主が、あのスリを退治してくれたのか?」


 無邪気な声だった。

 エルマとの突然の再会に声を詰まらせた俺は、ただ静かに頷いた。


「もしかして、この奇妙な男は、エルマお嬢様のお知り合いか何かで?」


 警官が訝しげに問いかける。


「うむ。まあ……そんなところよ」


 エルマは、驚くほどあっさりとそう答えた。


「そうでしたか。では、あまり怪しい格好で街を歩かないよう、言っておいてください」


 やれやれ、と肩をすくめる仕草を残し、警官はスリを引き立てて去っていった。


 助かった……


 エルマは小さく手を振ってそれを見送り、改めて俺のほうへ向き直る。

 その瞳は、隠しきれない期待で輝いていた。


「して……主は、何者なの?」


 首を傾げ、下から覗き込むように問いかけてくる。


「シロクマみたいな申人? それとも、申人みたいなシロクマ? しかし隠しきれないその魔力、もしかして、伝説の生き物……イエティ?」


「……たぶん分かってると思うけど、中身は、申人だ」


 俺は間を置かずに答えた。


「おおっ! それでは、なぜなぜ、シロクマ……いや、スノーベアの毛皮をまとっておるのだ?」


「いろいろあってな。服を失った。それで仕方なく、だ」


 俺は彼女との再会の衝撃で胸の奥が熱くなり、涙がこぼれそうになるのを必死に押し止めながら言った。


「なるほど。だから、そんなに瞳を潤ませておるのだな。確かに、この極寒の地でそれは不憫なこと……ふむ」


 エルマは納得したように頷く。


「まあ、ここで申人と出会えたのも、何かの縁よな。ひとまず、話を聞いてやろう……いや、是非、聞かせておくれ!」


 ――八百年前のエルマ。

 まだ世界を知る前の、純粋無垢な彼女が今、俺の目の前にいた。

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