今を動かす力
行き場を失った俺たちは、再びニブルヘイムを訪れていた。
凍える霧と沈黙に満ちたその地にある、ノルンの神託所。
「あらあら……大切なお友達を失うことになるなんて。本当に、残酷な運命」
「魔王に友人なんて不要にゃん。必要なのは利用価値。使うか、使われるか、それだけにゃん」
魔王のメリーと、リリィ。
同行者は、結局この二人だった。
ミーアもニブルヘイムに入るところまでは同行したが、前回と同じように、今はメープルタウンに預けている。
「しかも、せっかく犯人を特定できたのに、逆に国を追われることになるなんて……完全に裏目」
「いっそ国ごと滅ぼして、作り直した方が早かったにゃん」
「いや……プラティナスの力は、侮れない」
俺は首を横に振った。
「おそらく、正面からやり合っても勝てないだろう」
「そうなのかにゃん? 普段は平和ボケした皇帝にしか見えなかったから、意外にゃん」
一瞥しただけで因果を巻き戻す。あの力は、あまりにも異質だった。
「これまでの情報を整理すれば、プラティナスの正体は、高い確率で、ウルドを操っている大魔王だと思う」
そう考えると、そのままプラティナスにアースガルドの支配を許しておくのは、あまりにも危険だ。
「だとすると、そいつには少なくとも三人の魔王配下がいるはずにゃん」
リリィが指を立てる。
「大魔王クラスに昇格する条件の一つは、三人以上の魔王を従えてることにゃん。あのクセの強い魔王を三人も配下にするなんて、相当な手腕にゃん」
そして、その配下の一人は、ほぼ間違いなくガルムなのだろう。
「よし『神託対話アプリ』の準備ができた」
俺はノルンと対話するためのパソコンアプリを立ち上げた。
これが二度目となるヴェルダンディとの対話を試みる。
『なんや、前回も冴えない顔してたけど、今回はさらにしょぼくれてるやないか』
彼女は調子は相変わらずだが、鋭くこちらの状況を見抜いているようだ。
俺は、ヴェルダンディに起きたことのすべてを伝えた。
犯人と思われる存在を突き止めたこと。
唯一無二の英雄を失ったこと。
ウルドと接触し、ウルザルブルンの水を飲ませたが、結局、彼女自身の意思だったこと。
『この短時間でそこまで辿り着いたんは、正直ようやっとると思うで』
ヴェルダンディは、俺を労うと共に、少し申し訳なさそうに続ける。
『せやけどな……ウルドのやつ、前から刺激が欲しい言うてたわ。もしあいつが原初の姿を取り戻して、人の世界を自由に動けるようになったら、そういう選択をしても確かに不思議はない』
軽い口調は変わらない。
だが、その言葉には陰りもあった。
『もっともな……そんなことを続けとったら、ウルド本人が長うもたへん。それは――自業自得や。本人も分かった上で、選んどると思うけど』
「……これから、俺たちはどうすればいい?」
俺は率直に問いかけた。
『そうやな。正直、あんたの状況は察するに余りあるわ。それに約束通り、ウルドも見つけてくれた。せやから今回は――あたしも、ちょっとは手ぇ貸さなあかんな』
ヴェルダンディも俺に少しは同情してくれているようだ。ノルンの一柱として、少しは責任を感じているのかもしれない。
『知っとると思うけど、あたしは「現在」を司る存在や。ウルドが過去を変えられるように、あたしは「今」を動かせる』
「……今を動かす?」
『せや。せやけど、そんな万能な話やないで。過去いうんは、すでに起きた出来事のことやろ? そして、現在いうんは、「どこを今として認識しとるか」いうポインタみたいなもんや。あたしがいじれるんは、そのポインタの位置だけや』
「つまり……どういうことだ?」
『今が指しとる時代を、少し前にずらしたり、少し先に送ったりできる、いうことや』
「過去にも……行けるってことか?」
『まあそうなんやけど、ただしな』
そこで、釘を刺すように続ける。
『今を変えたら、そこに生きとる人間も丸ごとその時代の人間に変わる。あたしには全部見えるけど、当人たちは、今が変わったことにすら気づかへん』
「……それじゃ、意味がないんじゃないか」
『普通の人間にとってはな。けど、あんたは違う。あんたは、ウルドが過去をいじっても影響を受けへん体質や。いうことはや、あたしが現在を動かしても、あんたは影響受けず、変えた時代にそのまま行けると思う』
確かに、俺の加護『状態異常無効(極)』なら、ヴェルダンディの言う通りなのかもしれない。
『そして、ウルドが変えられる過去は、前にも言うた通り、五分五分の出来事だけや。せやけど、あんたが過去に直接介入して、結果を必然にしてしもたら――その時点で、ウルドはもう変えられへん』
つまり――こういうことか。
俺自身が過去へ行き、分岐を潰す。
過去を確定させるためのタイムトラベル。
『どや? 挑戦してみる気は、あるか?』
ヴェルダンディは、いつもの軽い調子で問いかけてきた。
他に手はない。やってみるしかないだろう。
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