心優しい英雄の最期
「ハルトさん、気を確かに……!」
その叫びは、ヤドリギがハルトを貫いた瞬間に放たれた。
レイアは張り巡らせていた結界を、力任せに霧散させる。
「……三秒前に、この未来は見えていました。それでも……結界の維持を解除するのに、時間がかかってしまった……」
聖女として、未来を視る者として、彼女は自分の判断の遅れを強く悔いている。
「神々のおわす天の頂より――
慈悲の光よ。この者を包み、癒しを与えたまえ」
祈りと同時に、レイアは限界まで魔力を解き放つ。
治癒の神聖魔法が、ハルトの身体を包み込む。
「ホワイル
コール・トランスファー・ポーション
エンド!」
俺も無限ポーションを取り出し、ためらいなく中身を注ぎ込む。
だが、これらが効果を発揮しないことを俺も、おそらくレイアも理解していた。
回復魔法も、ポーションも、免疫力を高め、自然治癒力を引き上げる手段に過ぎない。自然治癒で回復できないような致命傷は、どれほど魔力を注いでも癒えることはない。
「……男の子は、無事ですか?」
かすれた声で、ハルトがそう尋ねた。
彼が最も気にしているのは、自分の胸を貫いた致命傷のことではなく、先ほど、命を懸けて庇った少年のことだった。
少年は泣きじゃくりながら、ハルトを見つめていた。
「ああ。無事だ」
「それは……良かった」
俺が答えると、ハルトは、わずかに口元を緩めた。苦しみに耐えながらも、その笑みはどこか満ち足りているようだ。
「私は、もう十分に生きました。元の世界なら……きっと、とうに死んでいたでしょう」
声はかすれ、息をするたびに途切れる。それでも、ハルトは言葉をつなげた。
「ここに来て……もう一度、自分のやるべきことができた。本当に、良い人生でした」
彼は、貧しく不便な暮らしを強いられていた国に商会を立ち上げた。
役に立つ品を流通させ、便利な仕組みを広め、人々の生活を大きく変えた。
理不尽な独裁を裏から崩し、新しい国の形を整えた。
それでも、決して驕らなかった。
誰かを救うためなら、いつもそうしてきたように――自分のことは、最後まで後回しにした。
ハルトこそ、本物の英雄だった。
――そして。
皆が言葉を失い、悲嘆に暮れる中で、ハルトは静かに、その生涯を閉じた。
それが、俺の目の前で起きた、紛れもない現実だった。
呆然と立ち尽くす俺たちを、少し離れた丘の上から見下ろしている視線があった。
見覚えのある白い髪の少女。
――ウルド。
その姿を認識した瞬間、俺の中に一つの希望が灯った。
過去を書き換えられる存在。
都合の悪い事実さえ、なかったことにできる女神。
ならば――ハルトのこの死さえも、取り消せるのではないか。
俺は迷わずに動いた。
ちょうどその時、レイアが必死の回復を続けるため、俺の転送魔法を制限していた結界を解き放っているところだ。
今しかない。
俺は即座に魔力を展開し、転送陣を描く。
足元の感覚が消え、視界が反転する。
次の瞬間、俺は丘の上に立っていた。
突如、目の前に現れた俺を、白い髪の少女は驚きもせず、ただ静かに見つめている。
「お前が……過去を司る女神、ウルドなのか?」
俺は、冷静に問いかけた。
「ウルド……」
少女は小さく首を傾げる。
「その名前、聞いたことはある。でも……それが私の名前だったのか……確信はない」
「過去を変えているのはお前なんだろう?」
少女は、感情の起伏を見せることなく、淡々と言葉を続ける。
「あの人が、私に、形を与えてくれた。だから――お返しに、私は力を使ってあげるの」
「あの人とは、誰なんだ? ガルムか?」
俺は即座に問い返す。
「……彼は、名乗っていた。大魔王ニーズ、って」
「大魔王……」
魔王の、そのさらに上の存在。
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