引き金
ここで捕まれば、おそらく永久に真実に辿り着けない。
世界の歪みも、エルマも、戻らない。
「俺は、何者にも操られていない」
俺は皆を見渡し、はっきりと宣言した。
「それに、やらなければならないことがある。今は……ここから抜け出させてもらう」
「リバティさん……」
俺の表情を見て、ハルトの声が揺れた。
迷い。ためらい。俺を救いたい気持ちと、信じたい気持ちの狭間で揺れる色。
「いいや。まずは拘束だ。あとでいくらでも話は聞ける」
だが、その迷いを打ち破るように、豪快な声が割り込んだ。
トオルに迷いはない。
彼は大きく両腕を広げ、天を仰いだ。
「天界に至りて、神の雷を導け──イー、アル、サンダァアア!!」
雷鳴が、空を裂く。
次の瞬間、天から落ちた雷は、トオル自身へと収束した。
全身を金色の稲妻が包み、地面が焼け、空気が震える。
電光モード。
雷の力を得たその姿は、人の速度域を超越する。
――無理だ。
元から厄介なこの状態に、ハルトの『先導者の加護』が重なれば、今の俺に打てる手はない。
遅延邪眼でも追えない。
オート防御は完全に想定仕様外。
魔力障壁も、確実に砕かれる。
せめて何か盾にできるものはないか。
俺は、反射的に視線を走らせた。
レイアの結界を越える転送は不可能だ。
だが、結界の内側に存在するものなら――
もうこれくらいしかない。
「ホワイル 此方の樹木を、ここに導け! エンド」
魔力を叩きつけるように、繰り返しの転送魔法を発動する。
次の瞬間、周囲にあった大木が、何本も俺の眼前へ引きずり出された。
即席の物理防壁だ。
「ダァァッ!!」
だが、そのくらいでトオルは止められない。
雷光が、容赦なく木々を突き抜けた。
素手で大木を薙ぎ払い、へし折り、叩き潰す。
粉砕された木片が弾丸のように飛び散り、衝撃波が街路を叩く。
飛び散った木片が矢の雨のように降り注ぎ、家屋の壁や屋根を次々と砕いていく。
これは想定していた以上の被害――いや、もはや大惨事だ。
だが、立ち止まる選択肢はない。
後退しながら、魔力が続く限り大木を転送し続けるしか、今の俺に打てる手はなかった。
周囲を取り囲んでいた人々も、ようやく事態の危険性を理解したのだろう。一斉に距離を取る。
万能メイドたちは、的確な指示を飛ばしながら、住民の避難誘導を開始した。
――その時だ。
弾き飛ばされたヤドリギの枝が、空を切って飛んだ。切先は、槍のように鋭い。
その進路の先に――幼い少年がいた。
少年は、何が起きているのか分からないまま、その場に立ち尽くしている。
「――いけません!」
叫びと同時に、前に躍り出たのは、ハルトだった。
迷いはない。
彼は少年を突き飛ばし、強引に射線から外す。
――次の瞬間。
ヤドリギの枝が、ハルトの胸を貫いた。
遅延邪眼を発動している俺には、その光景が異様に長い悪夢のように引き延ばされて見えた。
音が、世界から抜け落ちたように途切れる。
俺の思考は停止した。トオルとの戦いの途中であることさえ忘れた。
これは――
決して起きてはいけなかった。
そして、起きてしまった以上、もう取り返しがつかない。
そう突きつけるために、世界はわざわざこの瞬間を引き延ばしたように思えた。
俺への、残酷なあてつけとして。
俺は反射的に倒れたハルトに駆け寄った。
聖女レイアも、万能メイドたちも、次々と駆けつけた。
その場にいた全員の視線が、ただ一点に集まっていた。
ハルトは――皆から愛されていた。
この国にとって、かけがえのない存在だった。
先ほどまで場を満たしていた騒動も、命令も、その瞬間は、すべてが意味を失っていた。
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