奇跡の力
俺はプラティナスを見据えた。
これだけ揺さぶれば、ウルドが何らかの反応を見せるかもしれない。
彼は黙ったまま、険しい表情を浮かべている。
そして、見た目通りの若さからは想像もできない、圧倒的な威圧感を放った。
だが、それは刹那だった。
次の瞬間、プラティナスは満面の笑みに切り替わる。
「リバティよ。それは新しい冗談か? それとも、何かの創作かな」
「冗談でも、創作でもない」
俺は即座に断言した。
「先ほどから、過去の書き換えだの、そなたが元首だっただの……余には理解できぬ話ばかりだ」
プラティナスは首を振った。
「先ほど、余は、ただニブルヘイムと言っただけだ。魔王ガルムは、あの地から来た。故に、そう述べただけに過ぎん。それで余が、いったい何の主犯になるというのか」
そして、周囲を見渡し、穏やかな声で問いかけた。
「誰か、リバティの言っていることを理解できる者はおるか?」
誰も答えない。
誰一人として、手を挙げる者はいなかった。
「リバティさん……」
ハルトが、困惑した表情で俺を見る。
「失礼ですが……先ほどからのお話、どうにも要領を得ません。正直、理解できないのですが……」
無理もない。
世界の書き換えに気づいているのは、俺だけだ。
他の誰も、『前の世界』を知らないのだから。
「これが冗談でなければ、侮辱罪に相当する」
プラティナスは、あくまで静かに告げる。
「だが、そなたと余の仲だ。今回は不問としよう」
柔らかな声音のまま、言葉を続ける。
「とはいえ……あまりに不可解な言動だ。何者かに操られている可能性も、否定はできぬ」
鋭い視線が、俺に向けられた。
「一度、身体を詳しく調べた方がよいかもしれぬな」
「俺は、誰にも操られていない」
俺はそう言い切った。だが、プラティナスは取り合わない。穏やかな声のまま、命じた。
「皆の者。リバティの身柄を確保せよ。これは彼の身を案じての措置だ。くれぐれも、手荒な真似はするな」
――悔しいが、見事だ。
罪に問うでも、敵として扱うでもない。
あくまで『保護』という形での拘束。
この場には、俺を深く信頼している者も少なくない。
だが、この命じ方なら、彼らも反発できない。
むしろ、俺を守るためと信じて動くだろう。
気づけば、俺は臣下たちに取り囲まれていた。
動線は完全に塞がれ、自然な包囲が完成している。
この場で戦う選択肢はない。
ここで抵抗すれば、城内にいる者たち、ひいてはアースガルドの民にまで被害が及ぶ。
それだけは、絶対に避けなければならない。
……ならば、一時離脱。それが最善だ。
俺は即座に魔力を組み上げ、転送の魔法陣を顕現させた。
「我、扉を解放する。至れ――アースガルド西門、転送ポータル……」
――だが。
詠唱の途中、プラティナスがこちらを一瞥したその瞬間、足元に浮かんでいた魔法陣が、跡形もなく消える。
「リバティよ。忘れたのか」
プラティナスは、穏やかな笑みを崩さない。
「余の奇跡の力を。何人たりとも、余からは、逃げられぬ」
――噂には、聞いていた。
この書き換えられた世界で、彼が俺の師匠とされていることに疑問を挟む余地がないほど、桁外れの力を持つ存在だということも。
プラティナスの奇跡の力は、一瞥で因果を巻き戻す。今、俺が展開しかけた転送陣は、妨害されたのではない。存在する前の状態に戻されたのだ。
雛を卵に戻すという話も、どうやら誇張ではなかったらしい。
……ならば、魔道具だ。
俺は懐から『空間スフィア』を取り出し、即座に解放した。圧縮空間が開き、内部に溜め込まれていた大量の水が噴き出した。
否。
洪水のように噴き出したはずの水は、次の瞬間にはすべてスフィアへと収まっていた。
プラティナスは、ただそれを見ただけだ。
完全に、想定外。
まさに、覆水を盆に返らせる力。
この力を前にして、もはやウルドを探すどころではない。この場から脱すること自体が、最優先事項になった。
俺は床を蹴り、全力で駆け出す。背後で、プラティナスの視線を感じる。
だが――俺には『状態異常無効(極)』の加護がある。少なくとも、奇跡の力の直接的な干渉は、通じない。
俺は『遅延邪眼』を発動し、スローモーション化した空間を駆け抜ける。
ひとまず城から逃げ出し、次の手を考える。
そのために、俺は臣下の間を縫うように走った。
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