ヴェルダンディ
俺は、これまでに起きた二度の『世界の書き換え』について、ヴェルダンディに説明した。
エルマの存在が消えてしまったこと。ガルムを追い詰めた直後に、その事実そのものがなくなってしまったこと。
話し終えると、長く沈黙が続いた。
やがて、スピーカー越しにヴェルダンディの声が返ってくる。
『……そないなことができる存在は、一人しか思い当たらへんな』
その声音は、さっきまでと比べて明らかに硬い。
『ノルンの一柱、ウルドや。あいつは起こり得た過去を、別の可能性に変えることができるんや』
「過去を……変える?」
思わず、声が詰まった。それは、あまりにも反則じみた力だ。
「それじゃ……自分の都合のいい世界に、好き放題作り替えられるってことか?」
『まあ……実際、都合のええ方向に世界を寄せることはできる』
ヴェルダンディは、そこで少しバツが悪そうに言葉を区切った。
『せやけどな、何でも好き放題ってわけやない。あたしらは万能ちゃう。ウルドが変えられるのは、「起こり得た過去」だけや。あり得へん出来事を起きたことにはできんし、どう考えても必然やった出来事も、覆されへん。せいぜい――五分五分くらいで揺れとった分岐を、意図した側に倒すくらいや』
ヴェルダンディは、その程度のことしかできない、と言いたげな口調だったが――
五分五分の過去を、意図的に変えられる。
それはもう、十分すぎるほどに恐ろしい力だ。
『それでな』
ヴェルダンディの声の調子がわずかに変わる。
『実は、あたしもウルドを探しとったところなんや』
「探してる……?」
『最近、まったくウルドと対話できんようになってな。どこかおかしいとは思うてた。まさか、勝手に過去を書き換えてるとは……正直、想定外やったわ』
軽い調子に聞こえるが、その裏にある危機感は伝わってきた。
『あたしらは世界の理や。せやのに、誰か一人が勝手に理を歪め続けてたら、世界はいずれ壊れてしまう』
ヴェルダンディの声が、重さを帯びる。俺も息を呑んだ。
そして、その言葉を聞いた瞬間、俺の脳裏に、はっきりとした映像が蘇った。
白い髪。
感情の抜け落ちた瞳。
こちらを見透かすような視線。
「……一瞬だけ、白い少女を見たことがある」
『白い少女?』
「世界が書き換わる、その直前だ。あれが……ウルドなのか?」
短い沈黙の後、ヴェルダンディが答えた。
『今のあたしらは姿なんて、持たへん。せやけど……創生の頃のウルドは、確かにそんな印象やったかもしれんな』
――やはり、あれがウルド……
『そしたら、頼みがある。ウルドを探してきてくれへん?』
ヴェルダンディは改まった口調で俺に依頼をした。そして少し申し訳なさそうに続ける。
『あたしはな、人間の時間軸にはおられへん。せやから、ウルドが姿を持って人の世界に紛れ込んだとしたら、ウルドを、直接見つけることができひんのや。ウルドを止めな、あいつは何度でも過去を書き換える』
俺は、そこで一つ、現実的な疑問を口にした。
「正直、今はウルドの居場所に心当たりがない。何か、探す手がかりになりそうなことはないか?」
『そうやな……』
ヴェルダンディは少し考えるように間を置き、続けた。
『あたしらノルンはな、本来、誰かの意図のために力を振るう存在やない。せやから、過去の書き換えが特定の誰かに都合よう働いとるとしたら――正直、考えたくはないけどな……』
それでも、と続けるように。
『ウルドが操られてる可能性も、否定できへん。だとすると、ウルドはその「誰か」の、そばにおるんやないかな』
確かに、筋は通っている。
そして俺にはもう一つ、拭えない懸念があった。
「それから、仮に見つけたとしても……また過去を書き換えられたら、すぐに別の場所へ逃げられるんじゃないか?」
『確かに……その通りやな』
ヴェルダンディは、しばらく沈黙した。
『そしたら――これを渡す』
次の瞬間、視界の端に、白く淡い光がふわりと落ちてきた。
小さなガラス瓶。
中には、白く輝く水が満ちている。
『これは、ウルザルブルンの水や。もともと、ウルドが管理しとった泉の水やけどな。これは、強力な浄化の力を持っとる。これをウルドに飲ませることができれば、正気を取り戻すはずや』
俺は、その瓶を慎重に受け取った。
『ほな、頼んだで。まずはウルドを見つけるんが先決や。それができたら……そちらの問題にも、手を貸せる思う』
これで目的は、はっきりした。
探すべき相手は――過去を司る女神、ウルド。
しかし問題は――居場所だ。
ヴェルダンディの言葉が、脳裏で反芻される。
――ウルドはその「誰か」の、そばにおるんやないかな。
ウルドの書き換えが、誰の都合に合っているのか。
まず思い浮かぶのは、魔王ガルム。
だが、今のガルムの所在は分からない。
そうなると次に打てる手は――
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