女神との対話
「なあ、リリィ。今、低い音……聞こえなかったか?」
「低い音? 全然聞こえないにゃん。寒さで頭やられてるんじゃないにゃん?」
どうやら、リリィにはこの低い音は聞こえていないらしい。
人間の可聴域ぎりぎり、あるいはそれ以下の低周波音。
そういえば、申人は比較的低音が聞き取れる種族らしい。寅人である彼女には、全く聞こえないのも不思議じゃない。
そこで、俺はひとつの仮説を立てる。
巫女たちは、何日もここで祈り続けた。
そして時代が進むにつれ、ノルンとの対話は困難になっていった。
つまり……
「なあ、メリー。何万年も生きてる存在って、普段なにしてるんだ? 暇じゃないか?」
「あら、面白いことを聞きますわね」
メリーは少し考えるように上目を向いた。
「おそらく……人や世界の移り変わりを眺めて、楽しんでいるのではないでしょうか。果てしない月日を過ごした存在は、私たちとは時間の流れが違うのでしょう」
その言葉に、俺も思い当たることがある。
子供の頃の一年は長く、大人になるほど一年は短く感じる。
一説によると、体感時間は『これまでに生きた時間との比率』に関係するという。例えば、十歳の一年は人生の十分の一。五十歳の一年は、五十分の一。
実際、エルマは六十年間、石化されたまま意識を保っていた。
常人なら正気を失ってもおかしくない年月だが、八百年近く生きている彼女にとっては、脳内BGMをリピート再生し、オリジナル小説の物語を組み立てているうちに過ぎ去ってしまったそうだ。
ならば、五万年以上存在し続けているというノルンの時間の流れは、俺たちの千倍以上も早いのかもしれない。
俺は魔法車の中でパソコンを開き、スマホに録音していた、あの音を読み込む。
まず、高周波成分を切り捨てる。残すのは、ほとんど聞こえない低周波だけ。
それを、倍速で再生してみる。
『……なり……きや……はな……んと……』
すると、聞き取りが困難だった低音の周波数が上がり、輪郭を持ち始めた。
これはただの風音ではない。
行ける。確かな手応えがあった。
俺は、再生速度をさらに上げる。
十倍速。
するとそこに、確かな意味を持つ言葉が現れた。
『いきなり来て、気安う話しかけんといて。距離感、おかしない?』
……関西弁だった。
隣で、メリーが驚愕の表情を浮かべている。
「あらあら……まさか……これは、上位の神の一部がお使いになる上方の言葉ですわね」
こうして、完成してしまった、『神託対話アプリ』。
録音した音声から低周波のみを抽出して、十倍速で再生する。
やっていることはそれだけだが、長すぎる時間を生きる存在の言葉を、人間が聞き取れる言葉に翻訳できてしまった。
理屈は、単純。相手の時間の流れが極端に速ければ、話す言葉はゆっくりになる。ならば、早送りすればいい。
「伝説のノルンと対話できる魔道具を、本当に作ってしまうなんて。これはもう、大発明」
正確には、魔道具じゃなく、パソコンアプリだ。
そして効果が確認できた以上、次にやることは一つ。
俺は静かに言葉を投げた。
「いきなり来て悪い。だが、俺は現実を書き換えられたことで、大切な仲間を失った。正直……どうしていいか分からない」
しばらく時間が経過した後、スピーカーから、加工された声が流れ出した。
『まあ、そないな事情があるんやったら、しゃあないわな。あたしも正直、最近ちょっと暇やってん。相手したるわ』
そして、ノルンは名乗った。
『あたしの名前は、ヴェルダンディや』
ヴェルダンディ。現在を司るという、ノルンの一柱。
『しかしまあ……あたしと意思疎通できるなんて、なかなか見どころあるやない。普通は、ここまで来ても「聞こえてへん」で終わるんやけどな』
ようやく、固まっていた俺の運命が動き出した気がした。
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