運命の女神
「彼女たちの運命を司る力は、巨神に匹敵すると言われています。ですが、正確には、彼女たちは力ではなく、理そのものなのです」
マリーは補足した。巨神といえば、以前上級神ニョルズが顕現させた、テュポーンのとてつもない破壊力を思い出す。
「理ということは……じゃあ、直接話したりできるような相手じゃない、ということなのか?」
「ええ……現在は」
俺の質問に、マリーはそう前置きしてから、静かに続けた。
「ですが、その昔は、対話が可能だったようです。ここからさらに北、氷原の果てに、ノルンの神託所があります」
メープルタウンのさらに向こう、普通の生命が存在できる境界を越えた先にその神託所はあるようだ。
「当時、巫女たちはそこでノルンと対話し、運命の啓示を受け取っていたと言われています。最後に記録が残っているのは……巫女ヴォルヴァです」
「……あの厄介な『ヴォルスパの予言書』を残した巫女にゃんね」
リリィが、どこか面倒そうに口を挟む。
「はい。彼女がノルンとの対話の末に残したものが、その予言書です」
「わわわ、未来の予測ではなく、決して逆らえない『確定した記録』とされる預言書……。なるほど、運命の女神の啓示を記した書だから外れない、というわけですね」
ミーアが、納得したように呟いた。それは俺も、エルマから聞かされたことのある話だった。
「しかしながら……巫女ヴォルヴァがノルンと対話したのは、およそ一万年前。それを最後に、ノルンと直接言葉を交わせたという記録はありません」
マリーの声が、わずかに落ちる。
一万年……それはもはや神話の領域だ。
「……そのノルンの祭壇に、俺も行くことはできるのか?」
「はい。行くこと自体は可能です」
マリーは頷いたが、すぐに慎重な表情になる。
「ですが、かなり北になります。また、たとえ辿り着けたとしても、ノルンとの対話は……正直、望みは薄いでしょう」
「まあ、あれは、おとぎ話みたいなものにゃんからね」
だが、『ヴォルスパの予言書』が実在し、効力を発揮している以上、かつてヴォルヴァという巫女がノルンと対話したことは、事実なのだろう。
俺がそれでも行ってみたいと答えると、マリーは思案するように間を置いてから俺を見た。
「確かにあなたなら、何か得られるものがあるかもしれませんね」
そう言って、彼女は少し困ったような微笑みを浮かべた。
「案内役をお付けしたいところですが……並の未人では、あの地の寒さに耐えられません。私自身が行ければよいのですが、いつ戌人たちが攻めてくるかも分からない状況でこの街を空けるわけにもいかず……」
その時だった。
「あらあら……それでしたら、私がご案内しましょう」
柔らかな声が、背後から響いた。
振り返った先に立っていたのは、微笑の悪夢こと、魔王メリー・バフォメットだった。
「まあ、姉さん。戻られていたのですね」
「ええ。つい先ほど」
メリーは相変わらず、穏やかな笑みを浮かべている。
こうして並んで見ると、確かにマリーとよく似ている。
「まさか、魔科学術師さんがいらしているとは思いませんでしたわ。魔王議会以来ですね」
そして彼女は恭しく一礼した。
「また、この街に、素敵な魔道具をいただいたと、伺いました。心より、お礼申し上げますわ。とても、感銘。つきましては、妹に代わり、このメリーが、魔科学術師さんをノルンの祭壇までご案内いたしましょう。魔王さんに道を示すのは、同じ魔王の役目」
にこやかに、迷いなく言い切った。
「……いいのか?」
「もちろんです」
メリーは笑顔で返す。
「ノルンの祭壇に赴いても、普通は何も起こらないのですが――魔科学を用いるあなたなら、何かを起こせてしまうかもしれない。その奇跡を、この目で見てみたいのです」
その声音には、純粋な好奇心が滲んでいた。
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