俺だけが覚えている世界
俺は、いったん頭の中を整理してみる。
遥々ニブルヘイムまで来て、何の収穫もなかった――わけではない。
俺は、二度にわたって『現実が書き換わる瞬間』を目の当たりにした。
そして、その二度の経験から見えてきたことが二つある。
一つ目。
最初の現実書き換えは、トオル、レイア、そしてエルマが、魔王ガルムを追ってニブルヘイムに攻め入った時だ。
そして二度目は俺自身がガルムを追い詰めた、その直後。
つまり、魔王ガルムと、この現象は無関係ではない。
それがガルム自身の能力かどうかは分からないが、きっかけになっていることは確かだ。
そして二つ目。
世界が書き換わった時、その変化に気づいているのは、常に俺だけだ。
俺以外の全員は、書き換わった後の世界を『最初からそうだったもの』として生きている。
彼らの記憶は書き換わった後の世界のものであり、違和感を覚える者は、誰一人いない。
だが俺だけは違う。
俺は、書き換わる前の世界の記憶を持っている。
そして、書き換わった後の世界の記憶は持っていない。
なぜ、こんなことが起きる?
最初に浮かんだ仮説は、『俺だけが、何らかの術にかけられている』というものだった。
だが、それはすぐに否定できる。
俺には、『状態異常無効(極)』の加護がある。
精神操作、記憶改竄、認識阻害――あらゆる状態異常は俺には通じない。
ならば、逆か。
全員が何らかの術の影響下にあり、俺だけがそれを無効化している。
……だが、そんなことが、本当に可能なのか。
百人、千人という規模ではない。
世界中の人間、魔王、そのすべてを対象にした魔法など、聞いたことがない。
思考を巡らせるうち、脳裏に一つの像が浮かび上がった。
白い少女。
感情の欠け落ちた瞳。
まるで、人ではなく、遥か遠くの景色を見るように、俺を見ていた。
不意に背筋が冷たくなる。
「ご主人様、どうするにゃん? 空っぽの犬小屋で突っ立ってても、何も始まらないにゃん。いっそ派手に吹き飛ばして、すっきりしておくにゃん?」
「わわわ、それはどうかと思います。無意味な破壊は、望まぬ争いを生んでしまいますよ。すみません」
ミーアがブルブルと首を振っている。
確かにこれ以上ここにいても仕方がない。リリィが破壊活動を始める前に、ひとまず俺たちは、未人の街メープルタウンへ戻ることにした。
「おかえりなさい。大丈夫ですか? 浮かない顔ですね」
街に戻った俺に声をかけてきたのは、聖王マリーだった。
「ああ……ガルムの城に行ったんだが、誰もいなかったんだ」
「そうですか。先日ノースベルを攻めたばかりだというのに、また別の場所に向かっているのかもしれませんね」
そう言ってから、彼女は再び俺の顔を見た。
「ですが、もちろんそれはあなたの責任ではありません。それなのに……ずいぶんと、深いところで悩んでいるように見えます」
マリーは俺を気遣うように申し出た。
「もし私でよろしければ、どんなことでもお話しください。恩人であるあなたには、少しでもお力になれればと思っております」
その優しい言葉に、俺は彼女に話してみることにした。
ガルムを追い詰めたこと。
その直後、世界が書き換わったこと。
そして、書き換わる前の記憶を保持しているのが、自分だけであること。
すべてを話した俺を、マリーは否定しなかった。
驚きも、疑いもせず、ただ静かに考え込んだ。
「……他ならぬあなたのお話ですから、虚偽だとは思っていません」
そして、少し躊躇するように続けた。
「ですが、世界を書き換えるほどの力を、魔王ガルムが持っているとは……正直、考えにくいです。もし、そのようなことが可能だとすれば……この地に古くから伝わる存在……ノルンしかありません」
ノルン――それは、運命を司る女神。
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