再びバグる世界
「さて、どうする、蒼月の牙王? 負けを認めて、未人を刈るのはもうやめてもらえるか?」
俺が問いかけるとガルムは、なおも牙を剥いた。
その瞳にはまだ折れる気配はない。
「ふざけんな! 狼が羊を刈らなくなったら終いだろうが。それはぜってーありえねえ」
……理解しがたい理屈だ。
「そうか。どうしても聞き入れられないなら、仕方ないな」
俺は小さく息を吐き、魔法陣を顕現させた。
「至れ、我が工房。顕現せよ――魔道具十八番!」
魔法陣が輝き、禍々しい存在感を放つ首輪が現れた。
魔道具十八番――『支配の首輪・魔改造版』。
「リリィとお揃いの首輪だ。これをお前につけてやるしかないか」
「……っ!」
それを見た瞬間、ガルムの顔色が変わった。
「おい、まさかそれ……冥府の女王の人格を変えたっていう、魔道具か!?」
初めて明確な動揺を見せている。
「やめろ。冗談じゃねえ。死んでもお断りだ!」
「言っておくにゃんけど」
横から、リリィが口を挟んだ。
「別に人格を変えられたわけじゃないにゃん。あまりの絶望に細かいことがどうでもよくなって、素の性格が出てきてるだけにゃん」
「それはそれで最悪だろうが!」
ガルムが怒鳴る。
「まあまあ、この首輪をつけられたからって、洗脳されたり体がおかしくなるわけじゃない。ただ、俺の命令に逆らえば――即座に、死ぬほどの強い電撃が流れ続ける。それだけの話だ」
俺は淡々と補足した。
「……ふざけんな! 戌人の魔王が、首輪付きの飼い犬に成り下がる? 冗談じゃねえ……洒落にもならねえ」
次の瞬間、ガルムはなりふり構わず叫び出した。
「おい、なんとかしろよ! お前、見てるんだろ! 頼む、こんなはずは……」
「ガルム、見苦しいにゃん」
リリィが呆れたように周りを見渡した。
「もうお前の部下たちは、カッチカチの石か、コッチコチの氷のどっちかにゃん。いくら助けを呼んでも、誰も来ないにゃんよ」
俺は、支配の首輪を手に取ったまま、一歩ずつ魔道具の檻へ近づいた。
ガルムは激しく牙を剥き出し威嚇するが、もはや逃げ場はない。手札ももう残っていないだろう。
――その時だ。
世界が、ほんの一瞬歪み、ノイズが視界を覆った。
この感覚……以前にも、確かにあった。
次の瞬間、ガルムは、魔道具ごと消失していた。
「……っ!?」
俺は驚きに息を呑んだ。
代わりにその場所に立っていたのは、ひとりの少女だった。
年の頃は、十歳前後。
装飾のほとんどない古代的な白い衣をまとい、腰まで届く長い白髪は、緩やかな波を描いている。
何よりも印象的なのは、その瞳だ。
澄み切っていて、全てを見通しているような眼差しが、真っ直ぐに俺を見据えていた。
そこには一切の感情も読み取れなかった。
理解が追いつくより早く、視界が、再びノイズに覆われる。
それは本当に、瞬きほどの時間。
次に視界が戻った時、少女の姿も、ガルムの姿も、跡形もなく消えていた。
まるで、最初から存在しなかったかのように。
目眩に似た感覚の後、俺は空っぽになったガルムの魔王城の玉座の間に立っていた。
黒氷の床も柱も、すべてはそのままだ。先ほどの激しい戦いの痕跡もなくなっている。
「お兄ちゃん……せっかく魔王城まで辿り着いたというのに、魔王さんはすでに彼方の地。私たちは運命に弄ばれましたね……」
ミーアが、肩を落としている。
「全く、骨折り損にゃん」
リリィも呆れたようにため息を吐いた。状況を理解できない俺は、平静を装って問いかけた。
「ミーア。リリィ。今の状況を整理してくれ」
「はい、お兄ちゃん」
ミーアは神妙な顔で報告してくれる。
「私たちは未人さんたちを救うべく、魔王ガルムさんの居城へと乗り込みました。ですが、ガルムさんもガルムさんの部下さんたちもどこかへ出かけられていて、空虚なる魔王城があるのみ……という状況ですね」
「犬小屋が、もぬけの殻だったにゃん」
リリィの説明は簡潔だった。
ガルムは、俺が確かに捕らえたはずだった。マオウジゴクに支配の首輪も……戦いの記憶は残っている。
だが今は、最初から、ここに魔王ガルムがいなかったことになっている。
現実は、再び書き換えられている。
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