音速を防ぐ盾
息をつく間もなく、もう一体のヘルハウンドが距離を詰めてきていた。
鋭い牙を突き立てようと口を開けて飛びかかってくる。
そして、ガルムはすでに次の詠唱に入っていた。
「――時すら凍てつく、絶対零度の白氷……」
このままさっきの咆哮を放てば、ヘルハウンドごと氷結しそうだが、ガルムには迷いも、躊躇もなさそうだ。
来る!
再び氷系最強呪文、冥王氷塊を咆哮に乗せて音速で叩きつけてくるつもりだろう。
どう避ける? 身のこなしでどうにかなるものではない。転移魔法は詠唱が間に合わない。
ならば、巨大な盾で受け止めるしか……
俺は腰のホルダーから魔道具を引き抜いた。
魔道具第二十一番――『空間スフィア』。
音速の攻撃そのものは捉えられない。
だが、遅延邪眼で、ガルムの口の動きを凝視すれば、咆哮を放つ直前のタイミングは把握できる。
「――牙王の咆哮!」
その刹那、俺は空間スフィアを解放した。
空間スフィアに圧縮されていた空間が展開される。
中に詰め込まれているのは、前回空間スフィアを使った時に入れた、池一つ分の大量の水。
一気に放出された水流が、音速の冷気と正面衝突する。
次の瞬間、溢れ出した水は時が止まったように静止した。
膨大な水は一瞬で熱を奪われ、巨大な氷壁へと変化したのだ。
「……チッ、氷の壁、だと?」
ガルムが舌打ちした。
「水は扱いやすい」
俺は、氷越しに淡々と言い放つ。
「そして、水は他の物質と比べて圧倒的に熱容量が大きい。熱も冷気も吸収する。冷え切れば、こうして壁にもなる」
ヘルハウンドは濁流に飲まれたまま、氷壁の中で凍結していた。
黒い獣影は、口を開けたまま、身動き一つ取れなくなっている。
「まだ水はいくらでもある。お前の咆哮は、もう通じない。ヘルハウンドも動けない。さて、どうする?」
俺が挑発すると、ガルムは低く唸り、鉄の爪を氷壁に突き立てて凄んだ。
「……まだ俺様の身体能力があるだろうが」
鋭い衝撃音とともに、氷壁が砕け散る。
飛び散る氷塊に混じってガルム自身も飛び込んでくる。
さすがは魔王。凄まじい闘志を感じる。
だが、遅延邪眼を発動すれば、その攻撃も俺にとっては致命打にならない。
ガルムは決して弱くない。
魔王になる前の俺が、初見で挑めば敗れていたかもしれない。
だが、魔王となり、上級神や、超人勇者たちと刃を交えてきた今の俺にとって、対処できない相手ではなかった。
ガルムが正面から距離を詰めた、その瞬間。
「至れ、我が工房。顕現せよ――魔道具七番、改!」
空間が歪み、重厚な構造体が出現する。
魔道具七番『ヒトジゴク』。引き寄せる魔道具が仕込まれた大きな壺型の魔道具。それをタングステン合金で全面強化した、魔改造版。
もはやヒトジゴクではない。言うなれば、『マオウジゴク』。魔王であろうと破壊困難な強度を持つ檻だ。
予期せぬ出現に、ガルムは反応できなかった。
「閉門!」
重々しい音とともに、檻が閉じる。
「オイッ! なんだ、これ! 出せ! 出せよ!」
ガルムが鉄の爪を叩きつけるが、びくともしない。
タングステンは、ダイヤモンドに次ぐ硬度を誇る金属だ。
リリィの首輪に使った素材と同じ。魔王といえど、簡単に壊せる代物ではない。
……レアメタルだから値段は張るが。
「終わったみたいにゃんね」
振り返ると、リリィとミーアが戻ってきていた。
「すみません、すみません。有無を言わさず固めちゃってすみません」
ミーアがぺこぺこと頭を下げる。
見れば、ガルムの配下だった戌人たちはすでに制圧されている。
半数は石像、残りは氷漬け。
戦意を保っている者は一人もいない。
「三獣士を名乗ってたクー・シーとかいうのと、ワーグとかいうのも出てきたにゃんけど……」
リリィが肩をすくめた。
「正直、ショボかったにゃん」
マオウジゴクの中で、ガルムが歯噛みする音だけが、空虚に響いていた。
『面白いかも!』『続きが気になる』と思った方、ブックマーク登録や↓の『いいね』と『★★★★★』をポチッとしていただけたら、それだけで作者は歓喜に満ち溢れ執筆の励みになります!




