強欲な魔王
「で? おめえは、そんな八百年前の昔話を聞くために、わざわざここまで来たのか?」
少なくとも、ガルムが嘘を言っている様子はなかった。
この世界において、エルマは遥か昔の存在であり、勇者トオルと共にここへ来たという事実もない。
これ以上、過去を掘り下げても仕方ないだろう。
俺は胸の奥に湧き上がる感情を強引に押し殺し、もう一つの用件を口にした。
「……頼みがある。これ以上、未人たちの毛を奪うのはやめてほしい」
「あぁ?」
ガルムの顔が、あからさまに歪む。
「未人の話だぁ? おめえ、自分がどこで、誰に口を出してるか分かってんのか?」
「未人であろうと、人は人だ。何か理由があるなら聞かせてほしい」
「理由だと?」
ガルムは低く笑った。
「簡単な話だ。未人共から魔力を搾り取る。勢力を広げるには、膨大な魔力が要る。あいつらは、そのための資源だ」
獣のような笑みが、牙の隙間から覗く。
「で? そんな綺麗事を並べて、ただで俺様が首を縦に振ると思ってるわけじゃねえよな?」
値踏みするような視線が、俺を舐め回す。
「代わりに――おめえは、何を差し出す?」
俺は一拍、間を置き、あらかじめ用意しておいた答えを返した。
「俺の魔道具だ」
ガルムの眉が、わずかに動く。
「未人から奪わなくても、このニブルヘイムに満ちる高密度の魔力を集め、蓄積できる魔道具を渡してやるよ」
「ほう……」
ガルムの口元が、ゆっくりと歪んでいく。
「噂に聞く、アースガルドの魔道具ってやつか。そいつは――確かに、悪くねえな」
一瞬だけ、ガルムの声音が柔らいだ。
だが、その目に宿った光は、取引に応じる者のものではない。
獲物の価値を量る、捕食者の視線だった。
次の瞬間、ガルムの口元が歪む。
「……だがな。俺様は欲張りでよ。未人の魔力も、おめえの魔道具も――両方いただく。それ以外に、答えはねえ」
そう噛みしめるように言い切った。
「それじゃあ、交渉にならない」
俺が言うと、ガルムは愉快そうに鼻を鳴らした。
「最初から交渉する気なんざ、ねえんだよ」
両腕を広げ、玉座の前に立つ。
「俺様は、すべてが欲しい。それが嫌なら、魔王らしく、力で止めてみろ」
その言葉と共に、周囲の影が一斉に動いた。
柱の陰、回廊の奥、天井近くの足場。
戌人たちが姿を現し、瞬く間に俺たちを包囲する。
「待て。俺は争うつもりで来たんじゃない」
「はぁ?」
ガルムは怒りを込め、威嚇するように声を張り上げた。
「俺様の部下を石にしたのは、おめえらだろうが。もうとっくに、宣戦布告は済んでんだよ」
氷の玉座の間に、殺気が満ちる。
重く沈む空気。四方から重なる、獣じみた低い唸り声。
――どうやら、対話はここまでだ。
俺たちを囲む戌人は、軽く見積もっても百を超える。さらに城の奥、上階にも待機している気配がある。
「俺様の城に、たった三人で乗り込んでくるとはな」
ガルムは嘲るように笑った。
「勇気があるのか、ただの馬鹿か……どっちだ?」
「馬鹿なのはガルム、お前にゃん」
リリィが一歩前に出た。
「こっちは魔王が二人に、ミーアもいるにゃん。犬コロがいくら頭数を揃えたところで、勝てはしないにゃんよ」
「うるせえ!」
ガルムの牙が、ぎらりと光る。
「確かにノースベルでは勇者に後れを取った。だがな……ここは俺様の居城だ。この城で、俺様が負けるはずがねえ」
そして、俺を見据えて宣告する。
「安心しろ、魔科学術師……てめえだけは殺さねえ。生かして捕らえて、俺様のために魔道具を作らせる」
「……ご主人様、戌人共を攻撃してもいいかにゃん?」
「ああ、許可する」
リリィの問いかけに、俺は即答した。
「ミーアと二人で、戌人たちを止めてくれ。俺は、ガルムを止める」
「まったく、美味しいところを持っていくにゃんね」
リリィは肩をすくめながらも、口元に獰猛な笑みを浮かべた。
「分かったにゃん。犬コロ共に、虎の恐ろしさを教えてやるにゃん」
次の瞬間、彼女の魔力が爆発的に膨れ上がった。
――俺は、ガルムと正面から向き合う。
蒼月の牙王。その名に違わぬ、蒼銀の魔力が全身を包み込んでいる。
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