魔王ガルム
黒く巨大な城が、白銀の大地にそびえ立っていた。幾本もの尖塔が空を裂くように突き出し、その隙間から不吉な風鳴りが響いている。
――ここが、魔王ガルムの居城。
「わわわ……お兄ちゃんの格式高い魔王城も素敵ですが、これはこれで、いかにも『悪の総本山』って感じで映えています」
ミーアが目を輝かせている。
ちなみに、彼女が言っている俺の魔王城とは、デズミーランドに建てた目玉アトラクションの、あれである。
だが、その観光気分は、数秒ともたなかった。
白い大地のあちこちから、戌人たちが無言で現れ、包囲網を形成していた。
「戌人は鼻が効くにゃんからね。でもまあ、この程度の相手なら、束になっても敵じゃないにゃん」
俺たちが身構えると、それに反応するように、戌人たちも一斉に牙を剥いた。
唸り音が重なり、空気が一気に張り詰める。
そのときだった。前方の道を割るように、ひときわ巨大な影が歩み出てくる。
蒼銀の毛並み。月光を宿したかのような鋭い眼光。
見覚えがある。蒼月の牙王こと、魔王ガルム。
「まあ、気持ちは分かるがな。正面からぶつかっても、お前らじゃ相手にならねえ。下がれ」
ガルムはその一言で、場を制圧する。
戌人たちは即座に身を引いた。
やはり格の違いを感じる。
「俺様が今すぐ八つ裂きにしてやりてえところだが……相手はたったの三人だ。少しくらい話を聞いてやらあ」
そう言って、ガルムは城内へと踵を返した。
俺たちは、張り詰めた空気のまま城へ通される。
玉座の間は広く、冷え切っていた。黒氷の床に足音が重く反響する。
ガルムは玉座に腰を下ろした。
周囲の戌人たちは無言で配置につき、俺たちは、ガルムの前で完全に取り囲まれた形になった。
「で……」
ガルムが喉の奥で唸るように言う。
「魔科学術師と、冥府の女王が、こんなところまで何しに来た?」
視線は一切逸れない。
逃げ道も、油断も、与えるつもりはない。それを雄弁に語る目だった。
「俺たちをノースベルから追い出した、あの勇者と聖女……お前の差金だろうが」
玉座の背後で、戌人たちが一斉に身構える気配が伝わってくる。
俺は短く答えた。
「ノースベルは俺たちと同じ申人の街だ。見過ごすわけにはいかなかった」
一瞬、沈黙。
その直後、ガルムは苦虫を噛み潰すように吐き捨てた。
「ミッドガルドから来たという勇者と聖女……畜生。ありゃ予想以上に手強かった。おかげで俺は、こうしてニブルヘイムに逆戻りだ。とんだざまだな」
自嘲とも怒りともつかない表現。だが、その目の奥にある警戒は消えていない。
俺は、ひとつ確認した。
「トオル……いや、勇者たちは、ここまで来なかったのか?」
その問いに、ガルムの片眉がわずかに動く。
「ああ。あいつらはノースベルを奪い返して、それで終わりだ。追っては来なかったぜ」
ここにも、俺の記憶との違いがあった。
俺の知る世界では、トオル、レイア、そしてエルマは、ガルムを追ってニブルヘイムにまで踏み込み、彼を追い詰めていたはずだ。
俺は一度、静かに息を整えた。
そして、最も気になっている問いを投げかける。
「エルマという賢者を、知らないか?」
「……エルマ、だと?」
ガルムの声が低く沈む。
「お前と同じ戌人、エルマ・フェリルだ」
「なぜ、お前がその名前を知っている?」
玉座の間に、重たい沈黙が落ちる。
「俺の名は、ガルム・フェリルだ」
彼はそう名乗り、短く吐き捨てるように続けた。
「エルマは、俺様の従兄妹だった。そして――八百年前に、俺が殺した」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥が、鈍く軋んだ。
エルマは、ガルムに殺されていた。
怒りが湧かなかったわけではない。
だが、ここはやはり、俺の知っている世界とは違う。
ガルムが語ったそれは、八百年前の遥か昔の出来事だ。俺が出会うよりも、ずっと以前のエルマの話だ。
「懐かしい話だな。フェリル家はな、戌人の中でも名の知れた一族だった。だが俺が魔王になったことで、一族は『凶悪な魔王を生んだ家』として非難された」
ガルムの言葉は淡々としていたが、その奥に激しい感情が滲んでいるようだった。
「本家も分家も関係ねえ。一族総出で、俺を止めに来た。そして、そこにあいつもいた。エルマ・フェリルがな」
ガルムは黒氷の床を、ゆっくりと歩き出す。
爪が氷を引っかき、嫌な音を立てた。
「あいつは分家のくせに魔法の才に恵まれていやがった。だから、俺はあらゆる手を使って葬り去った。それだけの話だ」
ガルムは俺を睨みつける。そこには思い通りにならない、苛立ちのようなものが感じられた。
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