マリーとメリー
カッチカチ。
白銀の大地に、躍動感のある黒い石像がずらりと並んでいた。
優越感に浸って笑い声を上げながら、名乗りの途中。その油断した瞬間を切り取ったように、戌人たちは固まっていた。
「すみません、すみません……」
ミーアが石像に向かって、ぺこぺこと頭を下げている。
「反射的にやってしまいまして……名乗りの途中で攻撃してはいけないという鉄の掟を、破ってしまいました……」
「いや、別にいいと思う」
俺は即座に親指を立てた。
「ミーアの石化邪眼は強すぎるにゃん」
リリィが肩をすくめる。
「邪眼は本来、魔王クラスや神クラスの一部しか使えない反則級スキルにゃん。それをミーアは魔王でもないのに使えるにゃん」
ミーアの石化邪眼は、蛇系モンスターを喰らうことで能力を取り込む彼女の加護によって得たものだ。
元は上級神の特技。強いはずである。
そんな会話をよそに、もこもこと震える未人たちが、恐る恐るこちらを見ていた。
「いまの……何が起きたのです?」
俺は石像を親指で示す。
「お前たちを追ってた連中の方が、明らかに悪そうだったので、俺の妹が石に変えた」
「ということは……」
未人の目が、わずかに輝いた。
「助けて……くださったのですか? あなた様がたは、一体……?」
「ああ。通りすがりの魔王だ」
「私も魔王にゃん」
「魔王が二人!?」
未人たちは、再び絶望した表情になった。
「もはやこれまで……未人薄命……」
「いや、俺たちは襲ったりしない」
「……では」
恐る恐る、未人が聞いてきた。
「毛を、むしらない?」
「え、毛?」
「はい……魔王ガルムの戌人軍は、下名ら未人を捕らえては、全身の毛をむしるのです……」
「……変態にゃん」
リリィが即答した。
「いえ、別にそういう性癖というわけではなく……我ら未人は、毛に魔力を蓄える種族なのです。戌人たちは、その魔力を吸い取るために、その……」
「なるほど、そういうことか。でも、毛を奪われるだけなら、命に関わるほどじゃないんじゃないか?」
俺がそう言うと、未人は首をブンブンと横に振った。
「何をおっしゃいます。下名ら未人にとって、毛は命……尊厳そのものです」
そして、ため息を吐いて深刻そうに続けた。
「それに……毛を奪われた未人は、このニブルヘイムの寒さに耐えられません……」
「ああ……それは、致命的だな」
確かに、髪を少し短く切っただけでも、冬場は身に染みるほど寒かったりする。
「おかげさまで、下名らの毛は守られました。ですが、助けていただいて、はいさよならでは、未人の名折れというものです」
未人のひとりが、胸に手を当てて深々と頭を下げた。
「ぜひ、下名らの街までお越しください。ささやかではありますが、お礼をさせていただきたいのです」
未人たちの強い意志に、その申し出を断ることはできなかった。
俺たちは、彼らに案内されるまま、未人の街へ向かうことになった。
未人の街――メープルタウン。
万年氷の大地を切り開くように、丸みを帯びた建物が並んでいる。
家々は石や氷で作られているが、その外壁は毛皮や織物で覆われ、まるで巨大な動物たちが身を寄せ合っているかのようだ。
通りを行き交う未人たちは皆、豊かな毛並みを誇りにするように整えている。
寒冷地でありながら、街には活気があった。
そんな街の中心、ひときわ大きな集会殿へと通された。
そこで俺たちは、この街を治める存在と対面することになる。
聖王、マリー・バフォメット。
腰に届くほど長く伸びた、純白の毛。気品を感じさせる立ち姿の女王だった。
「あなた方が、我が民を助けてくださったのですね」
聖王マリーは、俺たちの前で静かに膝を折り、深々と頭を下げる。
「心より、感謝申し上げます」
その姿に、俺はどこか見覚えがあった。
――そうだ。
「……あなたに、よく似た魔王と会ったことがあります」
俺がそう告げると、マリーは小さく微笑んだ。
「おそらく、それは私の姉でしょう」
「姉……?」
「はい。未人の魔王、メリー・バフォメット」
その名が口にされた瞬間、すべてが繋がった。
「私は、この街と民を守るため、聖王となりました。そして姉は、他の魔王たちに対抗する力を得るため、魔王になる道を選んだのです」
静かな声だったが、その言葉には強い意志が滲んでいた。
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