消えたエルマ
「冗談だろ……同行した賢者だ。俺の師匠、エルマ・フェリルだよ。なぜ一緒じゃない?」
声が思わず強くなる。
俺の様子に、トオルもさすがに戸惑ったようだった。
「おいおい、ユージ、落ち着けって。最初からガルム討伐隊に賢者なんていなかったぞ。俺とレイア、それにサリオン兵団だけだ」
「俺の名前はユージじゃない、リバティだ! いや、そんなことは今はいい。エルマの話だ」
今度はレイアが、困ったように首を振る。
「リバティさん……トオルさんの言う通りです。討伐隊は勇者のトオルさんと、聖女の私、それからサリオン兵団だけでした。賢者のメンバーは、いませんでしたよ」
二人とも嘘を言っていないことは分かる。
レイアは嘘をつく人柄じゃない。
それが逆に恐ろしい。
賢者が同行したかより問題なのは、エルマという存在自体を、誰も知らないことだ。
「エルマは、俺の師匠だ」
自分に言い聞かせるように言葉を絞り出す。
「師匠がいなければ、魔道具のいくつかは完成しなかった。俺が魔王になれたのも、あの人がいたからだ」
そのとき、反応したのはプラティナスだった。
「リバティ、何を言っている?」
不思議そうに、しかし当然のように言う。
「そなたの師匠は、余であろう」
「……あなたが?」
トオルもレイアも頷いた。
プラティナスは、俺と出会い、古代遺跡へ導き、共に魔道具を開発し、邪神を討った。
それが、周囲の認識だった。
「リバティ、どうした?」
プラティナスが、玉座から身を乗り出すようにして顔を覗き込んだ。
その表情には、本物の気遣いがあった。
「体調でも悪いのか? そなたが自由に研究できるよう、できる限りの配慮はしているつもりだが……やはり、経済産業大臣と防衛大臣を兼任させている負担が、大きすぎたかもしれぬな」
そしてこう付け加えた。
「この国の元首は余ではあるが――リバティ、そなたなくして、この国の未来はありえぬ。必要なものがあれば、遠慮なく申すがよい」
俺に対する最大の配慮でもあるその言葉が意味すること……どうやら今の俺は、この国の元首ではないらしい。
もはやこれは違和感ではない。俺は悟った。
俺の知っている昨日までの世界と、今、俺が立っている世界は、違っている。
午後からは、ハルトとジンクスとの会談がある。
少なくともハルトなら、何かこの状況の手がかりを掴ませてくれるのではないか。そんな期待を抱いていた。
「リバティさん、大活躍ですね」
現れたハルトは、いつもと変わらなかった。
柔らかく、人当たりのいい笑顔。
間違いない。俺の知っている、ハルトだ。
「魔王としての力は本物ですし、さらに魔王リリィさんを従えている。これだけで、他国への強力な抑止力になります」
俺を見てさらりと続ける。
「リバティさんがこの国にいるだけで、防衛大臣としての役割は完璧に果たしていると言ってもいいでしょう」
ハルトの言葉に、ジンクスも頷いた。
「それに、魔道具の数々。この国の産業も生活水準も、明らかに一段引き上げました。経済産業大臣としても、これ以上ない働きです」
褒められるのは悪い気はしないものの、俺は一つ、確かめずにはいられないことがある。
「……なあ、ハルト、一つ質問させてくれ」
「はい、なんでしょう?」
「エルマという人物を、知っているか?」
一瞬だけ、ハルトの表情が止まった。
すぐに視線を戻し、首を横に振る。
「エルマさん……という方については申し訳ありません。すぐには心当たりがありませんね」
予想された答えだったが、俺は続けた。
「この国の、文部魔法大臣のはずなんだが……」
するとハルトは、少しだけ不思議そうな顔をした。
「文部魔法大臣でしたら……レイアさんでしょう?」
「……ああ」
あまりにも当然だという口調だった。
俺は、同意するしかなかった。
やはりこの世界には、エルマがいない。
それでも諦めきれず、俺は視線を巡らせた。
「ジンクス。……賢者エルマを、知らないか?」
縋るように問いかけた。
彼は、エルマに対し、敬意と強い憧れを抱いていたはずだ。
ジンクスは顎に手を当て、少し考え込むような素振りを見せた。
「エルマ……直接の知り合いはおらんぇん。じゃが――八百年ほど前に、そういう名の戌人の賢者がおったぇん」
俺は思わず、身を乗り出した。
「古代魔法の研究者で、世界の終末に関する文献も残しておる人物ぇん。名は確か……エルマ・フェリル」
「そう、それだよ!」
声が、勝手に大きくなった。
ついに、確かな手応えを掴んだ気がした。
「その人は……今、何をしている?」
ジンクスは、不思議そうに俺を見て、当たり前のことを告げるように言った。
「何をと言われても……八百年前の人物ぇん。もう、とっくに亡くなっておるぇん」
俺の中のわずかな希望が砕けた。
『面白いかも!』『続きが気になる』と思った方、ブックマーク登録や↓の『いいね』と『★★★★★』をポチッとしていただけたら、それだけで作者は歓喜に満ち溢れ執筆の励みになります!




