『魔』の競技
偉大なる大会、四日目――。
まだ開始前の時間だが、観客席はすでに満員。前日の激戦の余韻を引きずりつつも、誰もが新たな一戦の行方を見守ろうとしている。
本日行われるのは、『魔』の競技。術式と魔力のぶつかり合いだ。
だが、控室の片隅では、その厳粛な雰囲気とはまるで無縁な者が、床に転がっていた。
「あー……今日も一段とだるいっす……」
くしゃくしゃの寝癖に、半開きの目。やる気のない幼児にしか見えないウルは、情けない声をもらしている。
「でも、今日はあちしの試合の日っすからね……気合い、入れてかないとー……」
そう言いながらも、動きは鈍い。準備をするわけでもなく、ただゴロゴロと転がっている。
これは、勢いとキレのある配信時とはまったく異なる、彼女の素顔だ。
「まあー……ぶっちゃけ、勝敗なんてどうでもいいんすよね。大事なのは、視聴者数が伸びるかどうかっす」
もそもそと立ち上がり、髪を軽く直しながら、ぶつぶつと続ける。
「どう面白くするか、それがプロデュース力っす。……考えるのもだるいっす。あと、今回はさすがに編集している余裕はないっすね。これは困った……」
対戦相手の実力を気にしている様子はなく、配信コンテンツの完成度のことだけを悩んでいるようだ。彼女の本当の相手は、カメラの先にいるのだろう。
その時、よく通る司会の声が会場に響きわたった。
「間もなく、本日の競技が開始となるのでございます!」
ウルは、あくびを噛み殺しながら渋々立ち上がった。
「まー、やるしかないっすね……」
そして彼女は、おもむろにカメラドローンを起動した。ピピッという起動音とともに、前髪をかきあげる。
テーレーテレレッテー、テレッテッテーレ、テッテッテーテレッテッテー♪
いつものジングルが流れると、その瞬間――
「どーもっ、ウルです☆」
さっきまで死んだ魚のようだった目が、ぱっちりと輝いている。
「今日はついに、あちしの対決の日っすよ〜! みんな、応援してくれるかな?」
配信越しに、コメントが次々と流れ始める。
ーーキャー! ウル様きたーーー!
ーーもちろん全力で応援! 頑張ってー!
ーー最近CM多いんだよな……
配信ドローンがウルを追いながら、観客の熱狂の渦へと向かっていった。
「それでは皆様、偉大なる大会四日目――」
シレーヌの声が、試合場全体を包み込む。
「本日は、『魔』の競技でございます! 両国の代表者、前へ!」
その声とともに、照明が一斉に落ちた。次の瞬間、戦場中央が淡い光に包まれる。光は二つの影を浮かび上がらせた。
「ついに……私の出番がきたにゃんね!」
尻尾をぴんと跳ね上げ、笑みを浮かべたのは――アースベル代表、魔王・リリィ。
「じゃあ、みんないってくるね」
続いて現れたのは、見た目は幼女、中身は人気配信者――サリオン帝国代表、ウル。
その姿に、会場がざわついた。
「アースベル代表は――ヘルヴァーナ・リリィ様!」
デルピュネの紹介が響く。
「かつて人々を絶望で包み込んだ、『冥府の女王』の異名を持つ、ヘルヘイム最強の魔王なのです。その種族は寅人、職業は大魔道。魔力と身体能力を兼ね備えた、かつて最強の名を欲しいままにした存在なのです!」
ーー出たー魔王!
ーー冥府の女王キタコレw
ーーリリィ様推しです! 頑張ってぇぇ!
「そして、サリオン帝国代表――ウル・カリヤ様!」
歓声がさらに高まる中、デルピュネはもう一人の代表に目を向けた。
「異世界より転移してきた配信者とのことで……ええと私は詳しくないのですが……有名らしいです。彼女のこの姿は転移時の副作用によるものとのことで、見た目は幼くても実力は未知数なのです。職業は魔法使い! さらに、とても強力な加護の持ち主とのことです!」
ーーちっちゃいウル様が尊い!
ーーえ? この幼女が魔王と戦うの!?
ーーウル様はどんな姿でもやる時はやる女!
配信のコメントが溢れる中、シレーヌが両手を広げて告げる。
「さて、両者が出揃ったところで、『魔』の競技のルールをご説明いたします!」
背後に浮かぶ魔法モニターに、この試合のルールが映し出される。
「本競技は、魔法のみで行われる対決でございます。攻撃魔法、補助魔法、幻術、召喚、精神干渉――すべての魔法は使用可能。ただし、物理攻撃は禁止なのでございます。相手を直接殴ることや、武器の使用も禁止されておりますのでご注意を! そして、魔法を使って対象を倒す、または行動不能にすることが勝利条件となるのでございます!」
一体どんな魔法が飛び出すのか。観客の期待とともに、試合の幕が上がった。
「それでは――『魔』の競技、開始でございます!」
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