海とイザベルの集落
やっと辿り着いたこの集落は、しかし、思った以上に貧しかった。家々はどれも風が吹けば倒れそうなほどにボロボロで、屋根が破れたところもある。どうして、俺が行く場所はいつもボロ……(略)
人々の顔には生気がなく、疲れ切った様子が伺えた。その日その日を生き抜くことだけで精一杯といった様子だ。
幸いなのは、ここに住む人々がミーアの存在をそれほど恐れなかったことだ。おそらく、この地ではこれまで巳人による被害がなかったのか、或いは、人々が生活に追われすぎて、他者に関心を持つ余裕がないのか、どちらかだろう。
この土地の名前は『イザベル』。周辺では呪われた土地とも噂され、作物がうまく育たないという。また、ここは雨も少なく、水も不足している。漁業で魚を取ることはできるが、水揚げ量はあまり多くはなく、食料の確保に困っているようだ。
ただ逆に、このような土地であるため、サリオン帝国はこの地にあまり関心がなく、帝国領にはなっていない。まあ、それならちょうど良いかもしれない。俺はミーアと二人、しばらくここで過ごすことに決めた。
俺は、集落の区長、ダノンさんのところに挨拶に行った。事情を話すと、ダノンさんは俺たちを快く受け入れてくれた。
「まだ子供だというのに、大変だの。ここはあまり良い土地ではないが、それでもよければ好きなだけいてくれて構わない。この集落を捨て出ていった者も多いから、空き家は自由に使ってかまわないだの」
ダノンさんは、温かい言葉と共に僕たちに空き家を提供してくれた。家自体はかなり古く、風化した木材や剥がれた壁紙が目立ったが、風雨を避けるには十分だった。まあ、ボロいが。
「私たちの、おうち!」
それでもミーアは喜んで、頑張って家の掃除をしてくれた。お陰でかなり綺麗になった。俺たちはひとまずここで安心して過ごせることにほっとした。だが、生活はまだまだ厳しい。まず解決しなければならない問題は、食料だ。この地には十分な食料がないが、旅の途中のように野草ばかり食べているわけにもいかない。どうにかして安定した食糧源を見つけなければ、長くは持たないだろう。
気になるのは、どうして魚が獲れないのか、ということだ。海の近くにあるこの集落では、海の幸が豊富に獲れても不思議ではない。しかし、漁師たちはみんな口を揃えてこう言う。
「サリオン帝国の乱獲により、魚の数が減ってしまったんだ。海にはあとは毒のある得体の知れない生き物がいるだけだ」
どうやら漁に出れば、魚以外にもさまざまな海の生き物が捕れるらしい。しかし、それらは強い毒を持っていることがあり、魚以外はほとんど捨てられてしまっているという。
なんと言うことだろう。その中にはきっと食べられるものもあるはずだ。そこで俺は漁師に頼んで、普段は捨ててしまう魚以外の海産物も持ち帰ってもらうことにした。漁師は気の乗らない顔をしていたが、一度だけなら、と言って承知してくれた。
その後、漁師が持ち帰ったのは大量の海産物だった。その中には、俺がよく知っているものもあれば、見たことがないものもあった。タコ、イカ、ナマコ、ヒトデ、クラゲ、カニ、エビ、ウニ、そして巨大なウミヘビなどなど。どれも『食べない』と言われているものだ。確かに見た目が不気味で、初めて食べるには抵抗感があるというのも理解できる。最初にタコやイカを食べた人類はなんて勇敢なのだろうとさえ思う。だが、海にあるものはなんでも食べるのが俺たち日本人だ。俺にとっては、これこそまさに海産物の宝の山に見える。
片っ端から焼いて食べてみた。ウッマーイ! 味付けなんて要らない。海水で洗って砂を落とし、ただ焼くだけで最高に美味しい。
確かに、中には強い毒を含んでいるものもあった。それは普通なら即座に死に至るほどの毒で、人々が恐れるのも無理はない。しかし、俺は『毒耐性(大)』の加護を持っているおかげで、これを食べても多少体力が減る程度で済む。そこで、食べながら、毒があるものとないものを分別した。また、毒のあるものは、さらに食べ続けて、毒がある部分を特定し、それを避ける方法を見つける。どこに毒があって、どこを取り除けば大丈夫か。加熱すれば無毒になるものもあったし、肝に毒があるもの、牙に毒があるものもあった。結果としては、適切に処理すれば、ほとんどのものは美味しく食べられることが分かった。
「ミーアも食べてみなよ」
「わあ、お兄ちゃん、これ本当に美味しいね!」
彼女は目を輝かせて、嬉しそうに言った。
俺とミーアが、浜辺で焼いたグロテスクな海産物をむしゃむしゃ食べまくっていると、香ばしい香りに引き寄せられるように、イザベルの人々が集まってきた。
「これどうぞ、見た目と違って美味しいですよ」
俺は焼きたてのイカを差し出した。人々は少し躊躇いながらも、それを手に取ると、あまりの食欲をそそる香りに我慢できず、一口。すると、目を見開いて驚き、表情が変わった。焼きイカは、そりゃあウマイ。今まで得体の知れない生き物と敬遠してきた海産物の美味しさを知ったイザベルの人々は大喜びだった。
「お兄ちゃん、これは何?」
「えっと、なんだったっけ? まあ、全部食べられるよ」
ミーアが丸い肉のようなものを持って俺に尋ねてきた。あっそうだ、これはウミヘビの輪切りだ。説明しようとしたが、ミーアはすでにそれを口に入れていた。その瞬間、
ニョロニョロニョロ……
彼女の体に変化が起きた。ミーアの体の半身が長いウミヘビに変わったのだ。目の前で見るその変化に、俺も驚いて声を上げる。
「ええっ?」
ミーアも自分の体に起こった異変に気づき、戸惑いながら体を見下ろしている。どうやらミーアは一度食べた蛇の姿に変わることのできる能力を持っているようだ。
そしてもう一つの驚き。毒のある海産物を食べまくったせいで、俺の加護『毒耐性(大)』が、『毒無効』にグレードアップしていた。
海の生き物は、美味しいですよね。
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