軍の競技の決着
ハルトの能力と、その圧倒的な戦力差を理解した時、誰もがサリオン帝国側が優勢と考えた。
しかし――
「……となれば!」
ぴたりと沈黙を切り裂いたのは、ミーアの声だった。
「この難局を乗り越えるために、私たちが取るべき手は、これです……!」
その手が空を切るように掲げられる。
「ハルトさんの指示が間に合わないほどの速さで、同時攻撃を仕掛けることです!」
その言葉に、全員が息をのんだ。
「みなさん、総攻撃――お願いしますっ!」
その瞬間、戦場が爆ぜた。
寅人のサーベルとアムールが地を蹴り、風を裂くように突進する。鋭く研ぎ澄まされた視線はただ一人――帝国の指揮官、ハルトを捉えていた。
同時に、後方では巳人のコブラとネイクが呪詛の詠唱を完了させていた。呪いの魔力が帝国側に降り注ぐ。
これなら、さすがのハルトも指示が追いつかないはず――
しかし、ソサーリによって展開された結界により、呪いの魔法らまるで煙を払う風のように一掃される。
「えっ!? また……っ!」
ミーアが思わず叫んだその時、キャバリが音もなく前に出る。サーベルの大剣が振り下ろされる寸前、その軌道を見切って鋭く剣を差し込み――
パリィ。
高く澄んだ金属音と共に、大剣の勢いが逸れる。反動でバランスを崩したサーベルの懐に、ケイが鋭く突っ込む。
「ちっ!」
サーベルは反射的に後方へ跳躍。だが――その瞬間を待っていたように、魔導士マギの詠唱が終わっていた。
「暴風!」
魔法陣が閃光を放ち、巨大な竜巻のごとき風がサーベルを包み込む。空中で身動きが取れず、踏ん張る術もなく――
「ぬわぁぁ――!?」
そのまま吹き飛ばされ、弧を描いて場外へ。
「おっとぉ! サーベル様、無念の場外退場です! ルールにより、再出場は不可能なのです!」
場内がどよめく間もなく、ケイとキャバリは次なる標的――アムールへと攻撃の手を緩めない。
左右から迫る刃。アムールは盾で応戦するが、剣撃の重さが違う。ハルトの加護を受けた二人の攻撃は、盾ごと彼を圧倒する。
「くっ……!」
防戦一方のまま、アムールは剣撃に押しだされるように、徐々に後方へ。そのまま足を踏み外し、場外に転落してしまった。
「な、なんということだーッ! アムール様も場外! アースベルの主力・寅人戦士ふたりを一気に失ってしまったのです!」
観客席から悲鳴と歓声が入り混じった声が飛び交う。
「どうして……ハルトさんの指示は、なかったはず……なのに、どうしてこれほどまでの力が――」
呆然と立ち尽くすミーアの声が、戦場に虚しく響いた。
その謎に、ハルト自らが答える。
「私の先導者の加護の効果を知れば、次に来るのは、反応が間に合わないような総攻撃だと予想していました」
静かに、しかし自信に満ちた口調だった。
「ですので、その場合の対応は――この戦いが始まる前に、すでに全員に指示しておいたのです。指示は、必ずしもその場で出す必要はないのですから」
――完全に、読まれていた。
すでにアースベル側の最大戦力である寅人の二人は退場。そしてミーアの石化邪眼も、鏡面の盾の前に封じられている。
残された巳人たちの二人がかりの魔法も、ソサーリ一人の結界によって遮られ、届かない。
帝国側は、鏡面の盾を前面に展開し、じりじりとアースベル陣地に迫ってきていた。
このままでは押し切られる。
ミーアは迷いの中で、ひとつの決断を下したようだった。
「皆さん……ごめんなさい!」
彼女の瞳が光を宿し、次の瞬間――
『石化邪眼!』
放たれた邪眼の光線が、なんと味方の巳人部隊とハンツを直撃する。仲間たちは石と化し、フィールドに沈黙が広がる。
――えっ、味方を石に!?
――ミーアちゃん、ストレスでおかしくなっちゃったの?
「……す、すみません……でも……今はこうするしか、なかったんです……! 解放――」
『ヒュドラ!』
ミーアの身体がまた別の異形の姿へと変化する。毒蛇――ヒュドラ形態。
その口から、膨大な猛毒の塊が放たれた。
それは帝国軍の鏡面盾に直撃し、音を立てて金属を融かし始める。
「……これ以上は、私に近づけませんよ。近寄ったら、毒で全滅ですから……!」
そしてヒュドラの毒霧が周囲を覆い始める。味方を石にしたのはこの毒霧の中でも被害を与えないためだろう。
味方も巻き込んだ切り札を放ったミーアに、会場がざわついた。
――だが、
「この競技は団体戦。単独になった時点で、勝敗はついています」
ハルトは動じなかった。
「マギさん、毒を吹き飛ばしてください」
「はっ! 暴風!」
魔法が放たれ、渦巻く暴風が毒の霧を一掃する。ミーアは風の強さに思わず目を閉じた。
「ソサーリさん、動きを封じてください」
「御意。束縛!」
魔力の鎖がミーアの身体を拘束。動きを奪った瞬間――
「ケイさん、シエルさん、バクラさん、今です!」
その指示と共に三人が走り出す。
盾を放り出したシエルとバクラが両腕を組み、土台となる。
その上にケイが飛び乗り、跳躍。シエルとバクラの筋力を活かして放たれた大ジャンプ。
ケイの身体が、ミーアの頭部へと一直線に向かう。
――そして。
「……っ!」
ミーアが目を見開いた時、その冠は、すでにケイの手の中にあった。
『面白いかも!』『続きを読んでやってもいい!』と思った方は、ブックマーク登録や↓の『いいね』と『★★★★★』を入れていただけると、続きの執筆の励みになります!




