レイアと巳人のミーア
レベル20の俺にとって、三人程度の帝国兵など、敵ではなかった。まず一人を蹴り飛ばし、続けてもう一人を思い切り殴り倒し、残る一人を突き飛ばした。突然小さな子供に床に転がされてしまった帝国兵たちの顔には、驚きと混乱が浮かんでいたに違いない。その隙に、俺は少女を抱え上げ、走り出した。
「まて、そいつは――」
背後で帝国兵が何か叫んでいるが、振り返ることなくその場を離れた。この幼い子を助けなければならない、その一心だった。
少女はかなり衰弱していた。傷だらけで、泥に塗れて髪も肌も灰色になっている。体は丈夫な布のようなもので何重にも巻かれ、身動きもできないように縛りつけられていた。その状態に、俺の胸は痛んだ。このままでは死んでしまうかもしれない。俺は急いで少女を街の医者へと連れて行った。だが、医者は少女を見た瞬間、驚愕の表情を浮かべ、すぐに首を振った。
「この子は、巳人ではないか! うちでは治療できん。おまえさんも巳人の毒でやられてしまうぞ」
巳人――それは、この世界の種族の一つであり、非常に恐ろしい力を持つ者もいるらしい。巳人の力に対する恐れは深刻で、帝国兵が彼女に対してあれほど冷酷だったのも、もしかするとそのためかもしれない。
医者の言う通り、少女の体――おそらく血液に毒が含まれており、触れていた俺も次第に体力を奪われていることに気付いた。しかし、幸いにも『毒耐性の加護』のおかげで、俺は軽症ですんでいる。そんなことよりも、少女の状態の方が深刻だ。
他の医者にも見せたが、誰も同じ反応で、誰一人として診れくれる者はいなかった。俺はこの状況をどうすればいいのか、途方に暮れていた。
悩んだ末、俺は少女をレイアのところに連れて行った。レイアの医院はすでに閉まっていたが、扉を叩くとすぐに開けてくれた。
「ユージさん、じゃなかった、リバティさん、こんなびしょ濡れでどうしました? それに、この子は?」
俺は急いで事情を話すと、レイアは少しの躊躇もなく、巳人であっても診ると言ってくれた。
「この子がどんな力を持っているかは知りませんが、命は救わなければいけません」
レイアの『聖女の加護』が発動すると、少女の毒は浄化され、レイアは少女を丁寧に扱いながら、治療を開始した。まず、少女の体にキツく巻かれていた布を剥がしていくと、俺とレイアは目を見開いた。少女の体の半分が蛇だったのだ。
「巳人って……蛇ってことか……」
驚きながらも、冷静に観察すると、頭からお腹のへそまでの部分は人間と変わらない。しかし、そこから先は、蛇の尾に繋がり、足はなく、滑らかな鱗が、自然な形で体を覆っている。
だが、レイアは驚きに手を止めることなく、少女の傷の手当てをし続けた。適切に処置を施し、彼女をベッドに寝かせると、レイアは静かに言った。
「しばらく安静にした方が良いですが、大丈夫、命に別状はないでしょう」
その言葉に、少し安心した。レイアの手にかかれば、どんな命でも救えるのだと、改めて感心した。
しばらくすると、少女が目を開けた。ぼんやりとした目で俺たちを見つめると、急に慌てて叫んだ。
「わわわ! ご、ごめんなさい、ごめんなさい!」
そのまま慌ててベッドから飛び起き、部屋の隅に駆け寄って、まるで何かに怯えるように体を丸めて震えだした。彼女のその様子から、これまでによほど恐ろしい経験をしてきたことが伝わってくる。
「大丈夫だよ、怖くないよ」
レイアがやさしく声をかけながら、そっと近づいていく。
「まだ安静にしておかないといけないよ。あ、そうだ、もし飲めそうならこれを飲んでみて」
レイアは温めたミルクを差し出し、少女に渡した。少女は少し驚いた様子でそれを見つめていたが、やがてゆっくりと手を伸ばして飲み始めた。
「わ、おいしい……」
彼女が少し落ち着いた様子を見て、レイアは安心したように微笑んだ。さすが、レイアだ。俺にはこんなに子供に優しく接することはできないだろう。
「名前はなんて言うの?」
レイアが優しく問いかけると、少女は少し戸惑いながらも答えた。
「名前は、ミーア。ミーア・ラ・ヨルムーン」
彼女はまだ少し震えながらも、少しずつ何があったのかを話してくれた。どうやら、サリオン帝国の兵士たちに彼女の村が襲われ、両親ともはぐれ、森の中で彷徨っているうちに帝国兵に捕まってしまったらしい。その話を聞いて、心が痛む。
「私はレイア。お医者さんだよ」
レイアが自己紹介すると、俺も続けて言った。
「俺はリバティ。ソフトウェアエンジニア……というか魔道具師だ」
「レイアお姉ちゃん、リバティお兄ちゃん、助けてくれてありがとう」
その時、ミーアは初めて笑顔を見せた。『お兄ちゃん』という言葉の響きが、予想以上に心地よい。
さらにしばらく安静にしていると、ミーアの容体もかなり落ち着いてきた。そこでレイアは彼女を風呂に入れて、丁寧に汚れを落としてくれた。
その後、風呂上がりのミーアは見違えるように変わっていた。灰色に汚れていた髪が透き通る桃色に輝き、ふわふわとした質感に変わり、大きな金色の瞳は、まるで吸い込まれそうなほど澄んでいて、思わず見とれてしまいそうなほどだ。
「お風呂、とっても温かくて、気持ちよかったです! からだ、すっきり、さわやか!」
元気を取り戻したミーアは、風呂上がりに嬉しそうに蛇の尾をにょろにょろと動かしながら、無邪気に笑っている。改めて見ると、彼女の蛇の体もどこか愛らしい。少し見方を変えれば、この姿は美しい人魚のようにも見えなくはない。
「あ、そうだ。ミーアちゃん、これをあげるね」
レイアが思いついたように、白い服を持ってきた。
「これ、私のワンピース。ミーアちゃんにちょうどいいと思うから、試してみて」
レイアが渡した半袖のワンピースをミーアが着てみると、ミーアの体にはまだ大きすぎるようで、スカートの部分が床に擦れてしまう。
「まだ大きすぎない?」
俺が言うと、レイアは得意げに答えた。
「だからちょうどいいのよ。足が隠れるでしょ?」
なるほど、確かにこれなら蛇の部分が隠れて、一見してミーアが巳人だとは分からない。
「わぁ、お姉ちゃん、ありがとう」
ミーアは笑顔を見せて、もうすっかりレイアに懐いているようだ。その様子に俺も胸が温かくなるのを感じた。
巳年にちなんだ蛇キャラって、需要ありますかね?
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