第三章 プロローグ②
「……あー、ちょっとやりすぎちゃったかな。火傷してたら申し訳ないねぇ」
オージンがぽつりと呟く。
「陛下、賊に情けは不要です。そもそも、この国の法律では陛下の暗殺未遂など例外なく極刑のはずですから」
冷静に言い切るハルトに、アルミニウスも大きく頷く。
「上級魔法……陛下、実に見事な腕前である。いやはや、私など足元にも及ばぬのである。いったいどこで、あのような魔法を?」
「小さい頃に親から叩き込まれてね。うちの親、厳しかったから」
オージンの家系――かつて王権に最も近いとまで言われた名門。だが、政争に敗れ、長く冷遇されていた。
それでもオージンは腐らず、学び続けた。貴族の多くが遊び惚ける中、彼だけは黙々と魔法と学問を修めて続けた。
「陛下は、努力の人ですからね。それに、今や『魔王』となったリバティさんの魔法の師でもあるんですよ」
「……魔法大臣の私が言うのも何であるが、この国で陛下ほどの魔法使いは他にいないのである」
「それはそれで、ちょっと問題だと思いますけどね……もちろん陛下の魔法が優れているのは、実に頼もしいことですが……」
ハルトが小声で漏らすが、誰も否定はできなかった。
「皆さん、そんな、おだてないでください。私なんてまだまだです。魔王軍を間近で見たときなんて、全く勝てる気がしませんでしたよ」
「それは……まあ、相手が悪すぎるのである」
しかし、安堵するには早すぎた。煙の奥から、黒装束の者たちが、再び現れる。
彼らは静かに列を整え、また包囲を形成し始めていた。数が多い。
「……やれやれ。困ったねぇ。私の魔力、そんなに多くないんだよねぇ」
オージンがぼやくように言うと、ハルトがすかさず答えた。
「エーテル薬なら、十本ほど持っています。お使いになりますか?」
そのやり取りの途中で、前に出たのは一人の少女だった。白い外套に身を包み、手にした腕輪を差し出す。
「陛下、こちらをお使いください。私が開発した、魔力を高める魔道具――『ドラウプニルの腕輪』です」
オージンがその腕輪を手に取り、少女――リアを見て優しく微笑んだ。
「ありがとう、リアさん。あなたは若いのに、本当に優秀だねぇ」
にこにこと声をかけられると、リアは小さく肩をすくめ、頬を染め、気まずそうな表情をした。
「っ……恐縮です……」
「うん、わかるねぇ。着けた途端に、魔力がふつふつと湧いてくる」
オージンは腕輪を身につけながら軽く息を整えた。
「これなら、普段なら躊躇するような大魔法も撃てそうだ」
そして再び、火の精霊に祈るように詠唱を始める。
再び吹き荒れる灼熱の嵐。オージンはその炎を手足のように自在に操った。それは容赦なく敵を包み込み、次々と影の数を減らしていく。
反撃の隙すら与えぬ怒涛の魔法の嵐に、ついに黒装束の一団は全滅した。
「ふぅ……なんとか、収まったねぇ」
オージンが額の汗をぬぐいながら、のんびりとした口調で呟く。背後で、ハルトとアルミニウスが同時に大きく息を吐いた。
「……やはり、陛下の魔法は格別である」
「それだけの力がありながら、普段はにこにこ笑ってる好々爺なんですから……逆に先の皇帝より怖いくらいですよ」
その冗談交じりの声に笑みがこぼれたのも束の間、二人はすぐに表情を引き締める。敵の訓練された動き。皇帝の動向を狙いすましたタイミング。この襲撃――あまりに整いすぎている。
それから少しして、ようやく警備兵たちが現場に駆けつけた。そして、残された黒装束の者たちを拘束する。
「何者の差し金か、白状させるのである。しかし、これだけの数がどうやって国境を越えたのか。門番は何をしていたのであるか!」
アルミニウスが怒りをあらわにする。
それも当然だった。これだけの規模の部隊が、誰にも知られず国内に潜伏していた――それは、単なる見落としでは説明がつかない。
◇ ◇ ◇
サリオン城――皇帝の私室。
着替えもせずに椅子に腰を下ろしたオージンは、静かに考え込んでいた。
この国は、長年異世界人の力に依存してきた。それが当然のようになり、国の人々は自らの鍛錬を怠った。
そして莫大な資金を特別な力を持つ異世界人に投じ、自分たちはただ守られるだけの存在になってしまった。特に高い教育を受けているはずの貴族たちも、優れた能力を持っているわけではない。
先の皇帝、ゴルディアスがあれほど威圧的だったのも、きっとその立場を守るためだったのだろう。
自分には、そのような威厳はない。だから現実に、今日こうして命を狙われた。そしてこれは――
十中八九、内側の仕業だ。
オージンは思った。黒幕は、自分を疎んじる貴族の誰かだろう。それは誰か……貴族の既得権益を奪った自分には心当たりがありすぎる。
軍事大臣スタナムス、外交大臣コッペリウス、法務大臣ジンクス、魔法大臣アルミニウス。古くからの国の重臣たち。しかし、誰が黒幕でも驚きはしない。まあ、その中でもアルミニウスはそれなりに信用できる人物だと思ってはいる。
このような状況では、この国はじわじわと崩れていくだろう。ならば、自分の信じる形で変えていくしかない。それには大きな反発も、裏切りもあるだろう。だが、それでも進めるべきだ――オージンは静かに、そう心に決めた。
……とはいえ。
「今日は……ちょっと、張り切りすぎたかな」
年甲斐もなく大規模魔法を連発したせいか、身体の芯にずしりと疲労が残っていた。意識が沈んでいく。まぶたが重くなる。
耐え難い眠気。寝台に身体を預けると、オージンは静かに目を閉じた。
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