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あらゆる魔物の父

 ニョルズのその声には、これまでの飄々とした調子はなく、余裕のなさが感じられた。そして、交渉を拒めば、即座にリリィの命を奪うという気迫も含まれている。


「……こんなやつの言うことなんて、聞かなくていいにゃん」


 リリィは囚われたまま、それでも顔を上げて言った。


「私は……多くの申人を殺めた魔王にゃん。情けをかけられる資格なんて、ないにゃんよ」


 その声には、魔王としての誇りがあった。


「では、まずは一滴、試してみましょうか」


 ニョルズがそう言った瞬間、わずかに毒が注入される。途端にリリィの血管が黒く浮かび上がり、生き物のようにリリィの肌を這っていく。同時に黒い煙が立ち昇り、体が内側から焼けただれ始める。


「ぎゃああっ……体が……溶けそうにゃん……! 毒というより……灼熱のマグマを注がれているみたいにゃん……」


「おやおや、まだほんの一滴ですよ。あなたの全身の血液をそっくり入れ替えるぐらい、たっぷり用意してありますけれど」


 リリィの体が震える。だが、瞳は揺らがない。彼女は、かすれた声で、なお言葉を紡ぐ。


「そうかにゃん……それはもう、原型も残らないくらいドロドロになりそうにゃんね……。でも……それも、私の弱さのせい……仕方ないにゃん」


 彼女は、静かに笑った。


「今のご主人様なら……ニョルズに勝てるにゃん……。私のことは気にせずに……ちゃんと、やっつけるにゃんよ……」


 そして付け加えた。


「……こんなこと、普段なら口が裂けても言いたくないにゃんけど……アースベルでの生活も……まあまあ、楽しかったにゃん……」


 それは、いつもの強がりや皮肉ではない。魔王リリィの、真っすぐな本音に感じられた。

 リリィ、そんな顔で、そんな言葉を言われたら、俺は……

 ニョルズは、黙って俺たちを見下ろしていた。けれど、俺が動けないことを悟ると、すっと腕を振った。その一動作で、周囲の魔物たちは一斉に塵となって崩れ、霧のように消えていく。

 そして、それぞれの魔物の核となる神器が現れ、宙に浮かんだ。それらは少し離れた場所まで飛行し、整列して地に置かれた。


「……さあ。最後の神器――レーヴァテインを、そちらに置いてください」


「……レーヴァテインを置いたら、リリィを解放するんだな?」


 俺が静かに問いかけると、ニョルズは薄く笑った。


「私は神です。神に誓って――約束は守りましょう」


 俺はゆっくりと歩き出す。神器の光が瞬く空間へ、一歩ずつ進んでいく。

 リリィの視線が、痛いほど背中に刺さってくる。けれど、今は……リリィを見捨てることはできない。


「……分かったよ、ニョルズ。レーヴァテインを、ここに置こう」


「ご、ご主人様……やめるにゃん……」


 リリィの声は震えていた。それでも、俺は振り返らず、戦鎚ソードを、静かに中心へと置いた。

 これから何が呼び出されるのかなんて、わからない。でも、リリィが解放されたら、その先の『何か』も、なんとかしてみせる。

 張り詰めた沈黙の中で、ニョルズが、初めて満面の笑みを見せた。


「取引、成立ですね。さあ……生み出しましょう。あらゆる魔物の父を!」


 すべての神器が、同時に眩い光を放ち始める。神器同士が互いに引き寄せられ、空中で結合を始めた。

 背骨、肋骨、脚部……骨格の形を成していく。そして、頭部の核が、光の中で脈動し始めた。


「いでよ……あらゆる魔物の父――テュポーン!」


 その名が呼ばれた瞬間、骨は肉を得て、血管がうねり、皮膚が張りつき始める。雷鳴のような脈動が空を貫く。その腕は大木のように太く、背には無数の獣の翼が伸びている。

 その巨大は、ただ存在するだけで、空間を軋ませ、大地が歪むようだった。


「この力……これは……神をも超えている……」


 エルマが、震える声で呟いた。


「まさか……神クラスのさらに上位の存在……巨神(ティターン)クラス……?」


 それは、かつて誰も経験したことのない禁忌の領域。そしてテュポーンはゆっくりと、巨大な瞳を開く。


「……成功ですね」


 ニョルズの頬に浮かんだのは、歓喜と狂気の笑み。


「これが、私の生体魔道具の集大成……この地上における最強の存在――テュポーン!」


 その声には、陶酔、と独善が入り混じっていた。

 そして、まるで玉座に座る王のように、テュポーンへと命ずる。


「さあ、テュポーンさん、その力を惜しみなく振るい、私と共に、あらゆる古代遺跡を破壊しましょう。いいですね?」


 だが、返事はなく、ポカーンと口を開けるテュポーン。その異様に間の抜けた表情に、誰もが違和感を覚えた。


「……どうしました? テュポーンさん? 返事は――」


 ニョルズが問いを投げかけたその瞬間、テュポーンの巨大な顔に、にやりと人間臭い笑みが浮かぶ。そして、咆哮した。


「イー・アル・サンダァァァーーッ!」


 それは、ただの咆哮ではなかった。衝撃が周囲を押し潰しながら直進する。遠方に見えていた山が、崩壊した。


「……」


 誰も、何も言えなかった。理屈も、常識も、もはやすべてが一瞬で吹き飛んだ。

 まさに規格外。圧倒的。そして、意味不明。

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