勇者、魔王から世界の半分を貰う
間違えたのではなく、このお話はエピローグから始まります。
「よく来た、勇者よ。私が魔王ヘルヴァーナ・リリィだ。そなたのような者が現れることを、私はずっと待っていた……」
魔王リリィは鋭い眼差しで勇者トオルを見据えていた。その目は血のように赤く輝き、周囲を圧倒する魔力を放っている。
「私に従うなら、世界の半分をお前にやろう。どうだ? 私の味方にならぬか?」
魔王の問いかけにより、重苦しい沈黙が周囲を支配する。しかし、それを打ち破るように勇者トオルは一歩踏み出し、リリィを見返す。力強い足音が、静まり返った空間に響いた。
「おいおい、魔王さんよ、勇者の俺と手を組むってのか?」
その言葉に反応するように、魔王リリィから放たれる凶悪な瘴気が、空気を震わせた。トオルの勇者の力は辛うじてそれを打ち消しているが、それは無言の脅迫のようだ。
「私には見える。そなたが欲するもの、私の味方になればそれらはすぐに手に入る。権力、地位──」
しばしの沈黙。
「そして、女──」
そこでトオルは満足そうな笑みを浮かべて答えた。
「そいつはいい、交渉成立だな!」
◇ ◇ ◇
魔王ヘルヴァーナ・リリィは、まさに恐怖そのものであった。虎のような外見を持つ種族、寅人の長でもある彼女は、驚異的な身体能力を持つ。
しかし、それ以上に恐ろしいのは、彼女が持つ魔力だ。妖艶な外見とは裏腹に、『冥府の女王』という呼び名を持つ彼女の発する瘴気は、ただ近づくだけで人々の体を蝕み、影響を受けた者はあっという間に衰弱していく。
また、彼女の得意とする輝く冷気の魔法は、都市を丸ごと凍てつかせるほどの力を持つ。彼女はこれまでに何千もの命を奪い、恐怖の象徴として人々の記憶に刻まれてきた。
その恐怖の魔王に唯一対抗できるかもしれない存在が、勇者トオルだった。鍛え上げられた肉体と雷撃の魔法を備えている。そして、彼が持つ『破壊の戦鎚』はその重さを自由に変えることができ、時として山をも穿つほどの力を発揮する。
だが、今その二人が手を組み、サリオン帝国へと攻め寄せているのだ。
サリオン帝国側の戦況は元々苦しかった。魔王に差し向けた自軍の多くが、魔王リリィに邪悪な魔道具『支配の首輪』を装着させられ、彼女の命令に絶対服従しなければならなくなっていた。魔王の命令に従わぬ者は、首輪から放たれる強力な電撃によって命を奪われる。
そのため、多くの兵士は魔王の支配に従い、自国への攻撃を行うしかなく、或いは、愛国心によりどうしてもそれができない者は自ら命を絶つ他なかった。
この苦しい状況下、人々の最大の希望だった勇者トオルが自らの意思で魔王に味方するという事態により、戦況はもはや絶望的だった。
そんな状況下、単騎で魔王の本体に向かっている男がいた。魔道具師、リバティである。残念ながら、サリオン帝国内で、彼に期待している者は少なかった。勇者を仲間に引き入れた魔王軍に対して、魔道具師一人で何ができる、皆そう思っている。
だが、そんな民意をものともせず、冷静に戦場を駆け抜けるリバティの姿には魔王に対するある決意が宿っていた。
その時、突如として彼の前に立ちはだかった男がいた。それは、転移組の同期でもある勇者トオルだった。
トオルは、鍛え上げられた筋肉質な体格を持つ戦士だ。身長も高く、広い肩と引き締まった腹筋が彼の戦士としての強さを物語っている。勇者らしい英雄の装飾が施された鎧の上には黒いマントが流れ、戦場における彼の威厳を象徴しているかのようだ。そして、彼のその瞳には、ここは誰にも譲らぬという覇気が宿っていた。
「だーははは! よお、ユージ、お前とは一度決着をつけたいと思っていたぜ」
トオルの声には、待ちに待った勝負に対する歓喜の響きがあった。リバティはその言葉に冷静に応じる。
「ユージではない。今の俺の名は、リバティだ」
「呼び方なんざどうでもいい。体の強さと頭脳の強さ、最後に笑うのはどっちかな?」
トオルは、手に持った『破壊の戦鎚』を力強く振りかぶる。
「天界に至りて神の雷を導け。イー、アル、サンダァー!」
そして、勇者の雷撃の魔法を戦鎚に帯びさせ、そのまま振り下ろす。その衝撃で地面が大きく抉れ、クレーターが生まれた。とてつもなく強烈な一撃だ。
「無駄のない詠唱は評価に値する。しかし、勇者というか、もはやギガンテスだな」
リバティは冷静にその一撃をかわしながら、皮肉を込める。
「結構結構。薄っぺらい剣を振り回すなんざ、俺の性に合わねえ」
トオルはその言葉を気にすることもなく、さらに一歩踏み込んだ。彼のその眼差しには、絶対的な自信が感じられる。
「トオルさん、それだけの力がありながら、何故、魔王と手を組んだ? それともこれは何かの作戦なのか?」
リバティの問いに、トオルは一瞬の沈黙を破って答えた。
「いやな、魔王と一緒に帝国を潰すのも悪くはねえと本気で思ったんだ。力があれば、力で支配する。その方がわかりやすいじゃねえか。無能な皇帝の言いなりになるよりよっぽどいい」
その答えにリバティは少しの間、考え込む。その皇帝の顔を思い出し、確かにそうかもしれないと、ちょっとだけ思ってしまった。
「そして、もう一つ、お前と決着をつけるためだ。お前を倒して、レイアを振り向かせる。レイアは、いつもお前を見ているからなァ」
レイアの名前が出たことにはさすがに驚いた。しかし、やはりそんな個人的な理由で多くの命を危険にさらしたのは許せない。
リバティは覚悟を決めた。もはやここで勇者との戦いは避けられないのだろう。
だが、勇者はやはり勇者だ。厄介なことに、トオルの身体に宿っている『勇者の加護』により、倒しても倒しても、トオルが諦めない限り復活してしまう。
リバティとトオルは、互いに武器を交える。だが、リバティは力の差にあっさりと弾き飛ばされ、壁に激しくぶつかった。
トオルの体はリバティより二回りくらい大きい。最初から分かっていたことだが、力勝負ではまったく太刀打ちできない。まともに戦っても無駄だし、そんな時間もない。リバティはそう判断し、魔力を込めた詠唱を始めた。
「至れ、我が工房、顕現せよ。魔道具十番!」
構築された魔法陣から、巨大な魔道具が出現する。
魔道具師リバティ。これまでに様々な魔道具を開発してきた。
彼の魔道具の中でもこれはかなり強力なもので、リバティの魔力をヒトの上限を超えて大きく増幅する効果がる。この魔道具の力を借り、リバティは空中に大きな魔法陣を顕現させた。そして彼は矢継ぎ早に次の詠唱に移る。
「我扉を解放する。至れ、彼方の世界ガイア、ユーラシアの東方の都の上空、勇者トオルを導く……」
素早い詠唱と共に、空中の魔法陣に文字が刻まれていく。彼はその魔法陣の位置を素早く操作して、トオルに向けた。
「お、何だこれ?」
動く魔法陣は初めてだった。怪訝な顔をするトオルの足元に、それはぴったりと張り付いた。
「なるほど、これがお前の全力ってわけだな。いいだろう、受け止めてやろう!」
トオルはそれを回避するでもなく、その場で嬉々として身構えた。
──単純な性格で、本当助かる……
「発動、逆召喚!」
リバティが魔法を発動し、魔法陣が輝く光に包まれると、豪快な笑顔を浮かべたトオルの姿はあっという間に消え去った。
「ふう、うまく元の世界に帰ったな。向こうではあいつは七十歳くらいか……まあ、まだ死にはしないだろう」
リバティは静かに呟き、ため息を吐いた。トオルなら、この程度で諦めるとは思えない。
「またすぐに戻ってくる気がするな……」
トオルが消えた後には、破壊の戦鎚だけが残されていた。
ついに魔王との最終決戦が始まる。
新連載、始めてみました。
そして次はいよいよ魔王との最終決戦です。
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