第4話 ダンジョンの主? その実力
「ダンジョンの主…?」
俺は、怪訝そうな顔で、フィンと名乗るインプを見つめた。
確かに、この廃墟と化したダンジョンにも、まだ主がいたらしい。
しかし、目の前の小柄なインプが、この広大なダンジョンを支配しているとは、にわかには信じがたい。
「おいおい、その目はなんだい? 俺様の実力を疑ってんのか?」
フィンは、俺の視線に気付いて、不機嫌そうに言った。
その声は、ダンジョンに響き渡る轟音ではなく、ひび割れた壁の隙間を縫う風の音のように、どこか頼りない響きだった。
「いや、その…ちょっと意外で…」
俺は、言葉を濁しながら、フィンの装備に目をやった。
黒曜石で装飾された革鎧は、確かに高級そうだが、よく見ると、所々に傷や汚れが目立つ。
腰に下げられた剣も、鋭く研ぎ澄まされているとはいえ、柄の部分は使い込まれて色落ちし、鞘には埃が積もっていた。
「ふん、まあ、俺様のことだからな。きっと、とんでもなく強い魔物を従えて、このダンジョンを支配してるんだろ? 怖いか?」
フィンは、勝ち誇ったように胸を張った。
…いや、多分、違う。
俺は、直感的にそう思った。
だって、このフィンってやつ…。
俺と同じ匂いがする。
それは、自信のなさや、虚勢を張ってばかりの、弱者の匂いだ。
「なぁ、フィン。お前、本当は、このダンジョンで、一人で暮らしてるんじゃないのか?」
俺は、核心をつく言葉を口にした。
フィンの動きが、一瞬止まった。
鋭かった瞳の奥に、動揺の色が浮かび、強張っていた表情が、わずかに崩れる。
「な、なっ…!?」
フィンは、言葉を失って、俺を見つめた。
その反応を見て、俺は確信した。
こいつ、俺と同じだ。
孤独を恐れ、虚勢を張って、自分の弱さを隠しているんだ。
「なぁ、フィン。俺、魔物を作れるんだ。最強の魔物メーカーになるのが夢なんだ」
俺は、フィンの瞳をまっすぐに見つめて、言った。
最強の魔物メーカー。
それは、俺が、魔導裁判所のあの薄気味悪い空間に迷い込んで以来、心の支えにしてきた、たった一つの希望だった。
「もし、お前がよければ、一緒に最強の魔物を目指さないか?」
フィンの瞳が、大きく見開かれた。
その瞳の奥には、驚きと、そして、かすかな希望の光が宿っていた。
「…最強の魔物、か…」
フィンは、呟くように言った。
彼の視線は、俺ではなく、床に散らばった、スライム生成の失敗作へと向けられていた。
「お前、魔物メーカーって、本当にできるのか?」
「ああ、できる…はずだ。まだ、この世界の魔物生成の仕組みがよくわかってないみたいで、ちょっと失敗続きだけど…」
俺は、少し恥ずかしそうに答えた。
フィンは、しばらくの間、黙って考えていた。
そして、ゆっくりと顔を上げると、ニヤリと笑って見せた。
「面白そうじゃねぇか。いいぜ、付き合ってやるよ」
フィンの言葉に、俺は思わずガッツポーズをした。
最強の魔物メーカーへの道は、一人よりも、二人の方が、きっと楽しいに違いない。
「でも、その前に…」
フィンは、俺の肩をポンと叩くと、基地の奥へと歩き出した。
「腹減ったな。何か、美味いもん、作ってくれよ」
彼の後ろ姿は、どこか頼りなさげで、それでいて、どこか温かさを感じさせた。
俺は、そんなフィンに、不思議な親近感を覚えた。
こうして、イケメンインプ、セプティムと、ダンジョンの主(自称)フィンとの、奇妙な共同生活が始まったのだった。