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凍え

「だからさ、言ったやろ?そういうのは先に報告してって。そうじゃないとこっちも対応できないからさ。」

上司は青筋を浮かべた作り笑顔でさとすようにそう言った。

「あらかじめ報告したはずですが。」

「いや、聞いてないから。」

忘れていただけだろ?

イライラする。このくそ上司。

喋るだけで全身にストレスのシャワーを浴びている気分になる。頭皮から弾けるように全身に広がるこのストレスを浴び続けて社会人は禿げていくことを知った。

もう限界だ。

しんどい。

家に帰っても怒りがおさまらず、顔の筋肉がピクピクと引きつる。心臓の鼓動がはやい。

ベッドに入って、目を閉じる。

やっと眠れるんだ。

もう今日は終わるんだ。

はやく寝よう。

なあ。

ーーーーダン!

自分の右手が、勝手にベッドを殴りつける。

「いっ…てぇ。」

こんな風になりたくてこの会社に入ったわけではないのに。

こんな風になりたくて大人になる努力をしてきたわけではないのに。

疲労と心労でごちゃごちゃになった頭で、必死に思考を切る作業をする。

眠らなければ。


「寝たはず…だよな?」

俺はたしかに眠ったはずだ。

なんだここは。

ポカポカと暖かい日差しが降り注ぐ青空。

そばを流れる川にはキラキラとした色とりどりの宝石が沈んでいる。

「三途の川ってやつ…?」

「これがもしその川なら、渡りますか?」

後ろから声をかけられて振り向くと、眼鏡をかけた金髪の男がいた。

彼は俺に釣竿を差し出して、

「渡る前に釣りを楽しむという選択肢もあります。」

と笑った。

山田と名乗った彼と2人で並んで釣りをする。

ここには魚以外にも色々な生き物が泳いでいるようだった。

半透明なカブトムシ、スパンコールの鱗をもつ牛、毛糸で編まれたヘビ。

なにやら猛スピードで泳ぎ回る個体もいる。早すぎてもはや何かわからない。

「ここは、何なんだ?」

「ここはあなたの夢の中。カンタン長屋のある世界。」

「カンタン長屋?」

「魂が救いを求めて迷い込む、相談所のようなものです。」

「夢の中の、相談所…。」

「何か悩みがあるようでしたら、なんでも聞きますよ。」

山田はそう言い、どこからかお茶を取り出した。

バニラやシナモンのようなの甘い香りがする。

1口飲むと、心がゆるゆると解けていくような感じ。

夢の中なら、なんでも言える気がした。

「上司がウザいんだよな…。なんて言えばいいのかな…。意思疎通が難しい。言葉が通じない。…というか、その人の中で一連の会話が出来上がっているなかに巻き込まれる感じ…。すまん、うまく言えない…。」

「大丈夫ですよ。続けてください。」

「何を言っても言わなくても、言葉の一部を切り取って勘違いされて一方的に責め立てられる。全ての会話がとにかくストレス。直接話すことだけじゃなくて、報告書もメールのやり取りも全部ストレス。あいつのことが頭に浮かぶだけでどんどん心臓が冷えていく感じがする。呼吸が浅くなって、息が上手く出来なくなって。そんで、いっそのこと窓から外に出たら楽なのかなってたまに思う。

風に吹かれてさ、あったかいお日様の光に包まれて、全部捨てられたら気持ちよさそうだなって。」

水面にうつる自分の顔は、占い師なんかがみたら「死相が出ている」といいそうなほどにやつれていた。

「バカみたいだろ。」

そう吐き捨てると、山田は

「 …一方的な会話は暴力と同義だと思います。あなたは日常的に暴力を振るわれているのと同じということ。

あなたをそこまで追い込んでいる上司や、その職場環境を放置しているその会社がおかしい。

あなたは、すごく頑張っている。」

と言った。

頑張っている、なんて他人に言われたのはいつぶりだろう。

少しだけ心が楽になった気がする。

その時。

ーーーザプッ。

突然浮きが沈み、釣竿に力がかかった。

「うおっと?!」

強い力で竿をひくそれを、必死にひきあげる。

「…ぬぬぬ…!!!」

ーーーザパッ!!

釣れたのは、小さな犬だった。

水にぬれて、ぺっしょりしている。

プルプルっと震えて水を飛ばすと一瞬で毛がふわふわに戻った。

靴下柄の手足に、丸い眉毛模様。鼻先についた小さな傷。

嬉しそうにクルクルと俺の足元をまわるその姿は、

「…………はなまる…?」

昔飼っていた愛犬にそっくりだった。

ワン!と元気に鳴くはなまる。

手を差し出してみる。

はなまるは、迷わず手のひらに首をちょこんとのせた。

「はなまる…なのか…?」

ずっとずっと会いたかった。

幻でもいいから。

「さっきからものすごい速さで泳いでいた個体ですね。」

山田が言う。

もしかして、水の中から俺を見つけて嬉しくて走り回っていたんだろうか。

はなまるはどこからか枝を見つけてくると、投げて!と俺を見つめてきた。

投げてやると、嬉しそうに取ってきた。

そうだよな、お前、走るの好きだったもんな。

またこんな風に遊べるなんて思っていなかったから。

嬉しくて、楽しくて。幸せで。

涙がボロボロこぼれてしまう。

はなまるは首をかしげながら涙を舐めとってくれる。

「毎日、毎日。お前がいない家にさ、上司にいじめられて帰るんだ。」

あたたかい肉球の匂いを嗅ぐ。

土と草とお日様の匂い。

「何のために生きてるんだろう、俺。」

何もかもが嫌だ。

はなまるを抱きしめて、ふわふわな毛に顔を顔を埋めた。

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