儚む人3
今日は朝ごはんをしっかり食べたおかげか少しだけ気持ちが軽い。
いつもの通学路。
笑顔で挨拶!
そう書かれたポスター。
顔見知りに挨拶するって、そんなに簡単なことなのだろうか。
まず人と目を合わせられない。
相手が声をかけてくれた時に反応する程度が限界だ。
そもそも相手から挨拶されないこともある。
大抵は、会釈をして終わる。
声をかけあって楽しそうに挨拶する人達を羨ましく思う。
「…はあ…。」
こんな自分に嫌気がさす。
事務的な会話が唯一の救いだ。
上手く会話を楽しめたことはないが。
面白く話そうと思って何か言うと、大体周囲が無音になる。
相手が盛り上げようとして何か言ってくれても美味い返しが出来ずに会話が終わる。
上手く話せる人はどこで話術を学んだんだろう。
会話を失敗した時はとにかく恥ずかしくて消えたくなる。
ゲームみたいに選択肢が出てきたり、リセットボタンでやり直しが出来たらどんなに良いか。
誰にも声を掛けず、声を掛けられず。
居場所がない。
必死に他人に興味が無いようなフリをして過ごす。
自分は今怖い顔をしているんだろうな。
『なあなあ、あれ何だ?』
訂正する。怖い顔をしている原因は、今日に限ってはこの人のせいもあるかもしれない。
朝現れて突然ライブをはじめたゲンは、その後も俺の脳の中で喋り続けていた。
アレはなんだ、これは何だとうるさい。
『あれって?』
『あの空飛んでるやつ!』
『UFO』
『UFO!?』
『嘘ですよ。』
昼休み。
生協でカロリーメイトを買い、誰もいない空き教室を探す。しかし今日はどこも人がいるようだった。
どこで食べよう。トイレは意外と人がくるから無理だ。
朝たくさん食べたはずなのに、異様にお腹がすいて昼ご飯を抜くことは考えられなかった。
キャンパス内をグルグルと歩き続ける。
『何してんだ?』
『…何してるんでしょう。』
本当に。
『さっきの食堂行こうぜ!カツ丼食いてぇ!』
『食堂?ぼっちに椅子はないですよ。』
『カツ丼!カツ丼!』
『絶対に行きません。』
カツ丼コールが止まない。
『頑固なやつめ…!』
ドンドン、と太鼓の音。
…まさか。
『カツ丼!カツ丼!カツカツカツ丼!』
ハイテンポな音楽が流れ始める。
このままだとマズイ気がする。
『コロモしみしみ甘辛いタレ!』
止めなければ。
『分厚い肉にふわふわ卵!』
ダメだ、カツ丼が食べたくなってきた。
足が勝手に食堂へ向かう。
『カツ丼!カツ丼!かきこめカツ丼!』
「すみません、カツ丼お願いします。」
やってしまった。
カツ丼の乗ったトレーを持ち、空いている席を探す。
どこもかしこもグループだらけ。
『はやく食おうぜ!』
ぼっちに居場所なんて…
『ぼっちとかグループとか、そんなに大事なのか?』
心で喋らなくても聞こえていたのか。
『まあな!冷めねぇうちに食おうぜ!』
確かに冷めたら嫌だな。せっかくのカツ丼。
適当に席をみつけ、座る。
「…頂きます。」
カツを1口。ザクッといい音がした。
揚げたてらしい。
ご飯と卵をかき込む。甘辛いタレが絶妙だった。
『うめぇ!!!』
ゲンにも味覚が共有されるようだ。
『最高だな!!!』
たしかに、これは最高だ。
食堂にはこんなに美味しいものがあったのか。
それは人が集まるわけだ。
もはや1人でいることなどどうでもいい。
ただただカツ丼を食べた。
あっという間に完食。
『俺、明日からもここ来ます。』
ぼっちとか陰キャとかどうでもいい。
食べたいものを食べに来るんだ。
ゲンは『おう!』と元気よく言い、どこかへ消えた。