疲涙3
朝起きると、自分の部屋にいた。
長い長い夢を見ていた気がする。
行きたくない気持ちを抑えて玄関を出る。
いつも通りの電車に乗り、いつも通りの業務をこなす。
いつも通り、強い態度で当たってくる奴をやり過ごそうとした時。
『うぉらあああ!!』
とゲンの声が脳内で響いた。
同時に俺の腹筋がギュッ!と収縮する。
『俺の名前は腹筋!腹筋!受け身取るなら腹筋!腹筋!』
いきなり脳内でミュージカルが始まった。
『ああ、哀れな魂が目の前に!部下にコンボ決めて嬉しいか?ダサ過ぎMAXレボリューション!!!』
不自然じゃない程度に少しだけ、ステップを踏む。
『1人で耐えるな我が友よ!大丈夫、腹筋はいつも君のそばに!!!』
俺の腹筋が激しくビートを刻みはじめた。
現在進行形で嫌味を言われていることが気にならない。もはや相手が何を言っているのかもわからない。
ただ腹筋の動きを感じて、脳内のミュージカルに身を任せた。
『何も見えていない奴ほど上からものを言う。疲れてるのか?だったら休めよ迷惑だ。俺の!大事な!キャパシティを!俺の!大事な!リソースを!奪うな奪うな奪うんじゃねえ!!!!』
相手が嫌味を言い終わって去っていくと共にミュージカルも終わった。
俺の腹筋も終わった。
しかしまだ受難は終わらなかった。
理不尽にキレてくる御局様。対する俺の腹筋悪口ミュージカル。
『笑っちゃうぜ、いくつだよ?その歳で言い方ひとつ考えられない、老害!老害!お、ま、えの美容医療に価値なんざひとつもねぇ!性格が顔に出てんだよ!家族に見向きもされねぇんだろ?だから仕事にしがみつくんだろ?見え透いてんだよ、ド畜生!』
腹筋が嘲笑うようにゆらゆら腹をゆらす。
御局様が俺を叩くので、便乗して叩きにくるやつがいる。ドラ〇もんだ。見た目も声も、アイツそのもの。
奴が俺に近づくと共に、タラララララタラララララとあのBGMが脳内で流れ始めた。
『こんなデブいるの?ホントに人間?茶髪にピアスで人間のふり?』
ブフォ!と吹きそうになる。
『みんなみんなみんな見てよ、ポークステーキ。ご機嫌次第で言うこと変わる。3段背脂!借金苦!はい、八つ当たり!あー、あー、あー、とっても大嫌い!ドラ〇〜もん。』
ミュージカルというより、悪口替え歌か?
タラララララと音が続く。やめてくれ、これ以上俺の大好きなアニメを汚いものにしないでくれ。
しかし腹筋ミュージカルのおかげで、奴が何を言ったか全くわからないうちに奴は去っていった。
『みたか!腹筋バリアー!』
ありがとうな。ゲン。
その日、家に帰るとやはり腹筋が死んでいた。
しかし心は生きていた。
何を言われたか覚えていないのだから、ゲームもアニメも楽しめた。
それから毎日この現象は続いた。
不思議なことに、悪口の内容は聞こえないのに抑えるべき要点は理解できるようになってきた。
腹筋も成長した。そろそろ割れそうだ。
今なら本当に腹筋でバリアを張れる気がする。
腹筋とともに、心臓も成長した。
常に緊張していたのに、今ではゆったりと構えている気配すらある。心臓だけネ〇ロ会長みたいな気分だ。
ゲンだけに頼らず、自分でも身体を鍛えはじめてみたのも効果的だったのかもしれない。
体つきが変わって、見た目が変わった。
そうしたら、周囲の対応が変わり始めた。
「新田って最近、強そうになったよな。」
「そうですか?…ボクシング始めたのでその影響ですかね。」
「んー、身体というか、オーラというか。ま、どっちも繋がってるか。」
俺に攻撃しても効かなくなってきたからか、御局様とドラ〇もんの標的は別の新人にうつっていった。
そしてその新人が非常に社内政治に長けた人物で、あっという間に2人は弱体化して辞めていった。
「ああいう人達は、数の力で押しつぶすのがセオリーですから。その意味だと、新田先輩が下地を作って下さっていたので最初から勝ちは見えてました。」
彼女が何を言っているのかはわからなかったが、小悪魔っぽく笑うその笑顔に心惹かれた。




