自分から。
強烈な眠気に襲われて身体から力が抜けていった。
落ちるような、浮かぶような不思議な感覚。
何もかもが小さくて、何もかもが大きいような。
痛痒いような変な感じ。
奇妙な感覚の終わりとともに、意識がはっきりとしてきた。
「…っ!?」
冷たい。
水の中にいる?
ここは…海?
私、死んだの?
肩まで海に浸かった状態のようだ。
溺れないよう、身体が勝手にもがく。
しかし波には勝てず、海に沈む。
「…っ!」
息ができない。
苦しい。
限界だ。
水を吸い込みたくないのに、身体が勝手に呼吸をはじめた。
「…はぁっ…はぁっ…。」
息が出来る。
どうして?
海の中なのに。
「大丈夫?」
女性の声だ。
声の方を向くと、艶やかな黒髪を肩に流した美人がそこにいた。
落ち着いて辺りを見回すと、絶景が広がっていた。
太陽の光を浴びて輝く、宝石のような岩場。
水面はシャンデリアのように輝いている。
見るもの全てが美しい世界。
生き物は、彼女と自分以外にいないけれど。
「上がりましょうか。」
砂浜に上がれば、青い空と白い雲が優しく私を迎えた。
あたたかい砂をいじれば、柔らかな光が浮かんでは消える。
不思議な世界だ。ポカポカと暖かい日差しは全てを許してくれるような、そんな安堵感がある。
「飲む?」
彼女は、どこからかお茶を取り出した。
甘い香りが広がる。
ーーーいい匂い。
飲みたい、という衝動が湧く。
ここ最近食欲すら湧いていなかったのに。
ゴクゴク飲み干した。
ーーー美味しい。
「ここはあなたの夢の中。何でも好きな物を出せるわよ。食べたいもの、教えて。」
何でもという言葉に惹かれた。
でも。
ーーー私って何が好きなんだっけ。
思い出せない。そう言うと、彼女は私と彼女自身の額を合わせた。
「…ちょっとまってて。」
数分後。
ウーバーイーツのような配達員が来て、箱を置いていった。
「はいどうぞ。」
差し出されたのは、チーズケーキ。
小さい頃に好きだった物に似ている。
「ありがとうございます…。」
甘酸っぱくて、濃厚。
鼻に抜ける香りまで、完璧に再現されていた。
「美味しい…。」
ずっと食べたかった味。
でも、ずっと食べなかったもの。
思い出した。
私はこれが好きだったんだ。
チーズケーキを引き金に、どんどん好きなものを思い出す。
ーーー夢の中なら、食べてもいいよね。
食べたいものを片っ端から頼んだ。
食べれば食べるほど、次に食べたい物を思いつく。
「…幸せ…。」
思わず口から言葉がこぼれ落ちた。
「いい顔。」
彼女が笑う。
「…我慢していたんです。ずっと。」
甘いものは、ダイエットの為に我慢した。
好物だけじゃない。何でも我慢してきた。
やりたいことは、勉強のために我慢した。
やるべきことをするために、好きなことから切り捨ててきた。
そうやって、そこそこ良い進路を進んできて、大人になった今、現実を生きている実感がもてなかった。
「…好きなもの、手放すんじゃなかったな…。」
好きな食べ物。
趣味。
将来の夢。
手放さなくても、生きられた。
後から後悔しても遅いのに。
目の前に広がる海を眺めていたら、涙が溢れてきた。
彼女は私が泣き止むまで隣にいてくれて、最後に
「辛くなったら、リンカって呼んで。すぐ助けに行くから。」
と言って微笑んだ。




