足を引くキツネ3
黒く、黒く。
禍々しく。
この世の何よりも汚く。
勢いなどない筆で、ひとつ、またひとつとキャンバスを汚す。
結局、柳本ティアラは私をけなして優位に立ちたいだけだった。
仲直りしたって、根本は変わらない。
奴にとっての友達とは「奴にとって都合のいい存在」。
私のため、といいつつ結局は奴自身のための言動。
仲直りなんてしない方が良かった。
「ミズキ、ミズキ!」
この気持ち悪い顔を見なくて済むなら、何だっていとわない。
「進路決めた?」
「普通にそこらへんの大学行こうと思ってるけど。」
「あー、大学ね。まぁ、いいんじゃない?」
フンフンと鼻息がうるさい。
「そっちは?」
「俺は、専門学校行こうと思ってる!だってさ、今の時代って正直大学に行く意味あんまなくない?それなら専門いって実技身につけた方がコスパもいいしさ。」
ー俺の方が先のことをよく考えている。
ー俺の方が上だ。
ー俺の方が。
そんなマウントが透けて見える。
仲直りなんてしなければよかった。
私も、自分に酔っていただけだったのか。
「敵をゆるせる強い自分」に。
毎日毎日、人前で馬鹿にされて、笑われて、マウントをとられるだけ。
しんどい。
明日もまた奴に絡まれるのか。
鉛のように布団に沈んだ。
「大丈夫?」
女性の声。
「え…。」
私は部屋に1人だったはず。
周囲がまた、暗い花畑に変わっていた。
声の主は私の隣で、お茶を入れている。
「音を立てるのは、気づいて欲しいから。」
ゆるゆると、湯気がたつ。
「口うるさいのは、認めて欲しいから。」
溢れそうなのに、まだ注がれる。
「本当は、自分の居場所がないことも嫌われていることもわかっているんでしょうね。彼。」
溢れ出してしまったお茶は、私のスカートを濡らした。
「生きようと必死なのよ。溺れかけている人に近づけば、自分が沈められるわよ。」
どうぞ、とカップを差し出された。
甘くていい匂いがする。
一口飲むと、シナモンの香りが広がった。
「美味しい…。」
心がほどけていく気がする。
「…もう…関わりたくないなぁ…。」
ポツリと、本音が零れた。
「でも…いいのかな…。」
「いいのよ。海の中で殴り合うよりマシじゃない?」
気になるなら後で浮き輪でも投げてあげれば、と女性は笑った。
私は、奴から離れることにした。
無視したり、嫌な感じにはせずに。
自然に。
柳本ティアラが寄ってきたらその時だけ相手をして、嫌なことを言われたらそれを他の人と話す。
大切なのは、私自身がストレスなく楽しく生きること。
そのために、ごめんね。
さよなら、ティアラ。