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アルテナのお話

第二王子に産まれた俺は近衛騎士団長を目指してる。

シリーズ前三作をお読みくださった方、誠にありがとうございました。

ご感想で「気になります!」と言ってくださっていた第二王子目線をお届けいたします。


そして今回初めて私の作品を開いてくださった方もありがとうございます。

よろしければ、シリーズリンク(https://ncode.syosetu.com/s3942h/)から、前作をお読みいただけると幸いです。

 俺の最愛はリリアンヌ・メリー・ホワイティ嬢だ。

 優しい色合いの薄茶色の髪に、輝くような黄緑色の瞳、白い肌に映える薔薇色の頬とさくらんぼのような唇が愛らしい少女だ。恥ずかしそうに微笑む姿は、名前の通り清楚な白百合を思わせる。


 初めて出会ったのは、八歳で参加したお茶会の席。

 他のご令嬢に押し退けられて、よろけた彼女を助けた時の、その不安そうな表情から一転、「ありがとうございます」と微笑んだその姿に一目惚れした。

その後の交流で、二目惚れも三目惚れもして、以来ずっと俺は彼女に恋をしている。


 ただ、十四歳になった今でも、未だ確定した間柄ではなく、もどかしい日々を送っている。

 先日、ようやく国王(ちちうえ)王太子(あにうえ)から、直接のアプローチをしても良いとの了承を得ることが出来た。

 “待て”と言われてから苦節六年、来年に控えた貴族学園への入学を前に、アプローチの許可が降りたのは僥倖と言えよう。

 ただし、その期間は貴族学園卒業まで。四年もかけて良い返答が得られないようであれば、見込みがないと判断し、他のご令嬢も視野に入れなさい、とも言われている。

 とは言え、俺はこの六年間、脇目も振らずに彼女だけを見てきたので、他のご令嬢に目を向けるなんてことは出来ないと言えるだろう。

 何よりそんなに時間を掛けるつもりもない。学園に入ってしまえば、彼女の愛らしさや美しさを、他の男性にも見られてしまう確率が増える。できればこの一年の間に、彼女からの了承を得たいところだ。




 何故彼女を好きになったのか、そして彼女を婚約者として求めることを、何故父上と兄上から“待て”と言われたのか。

 その理由は、恐らく四歳にまで遡る。


 毎年王宮では、年に一度だけ、未成年の子どもたちが参加できるお茶会を開く。下は三歳から参加出来るこのお茶会は、貴族家からすれば、あまり人前に出ない未成年の王族たちと自分たちの子どもを顔合わせさせる事ができるチャンスでもある。


 その四歳で参加したお茶会では、ブルネットの髪を赤いリボンで纏めた、可愛い女の子と出会った。

 彼女のことが気になったので、側に寄って一生懸命話しかけてみたところ、

「お母様から、お話するのはリヒトール様にしなさいって言われています。なのでアルフレッド様はじゃまです、よそにいってください」

 と言われた。

 当時の俺は意味がわからず、ただ邪魔者扱いされたことだけを理解し、ショックを受けて泣き出してしまった。

 泣き出した俺に気がついた兄上が、慌てて駆け寄ってきてくれて、俺の手を引きながら王子宮まで連れて帰ってくれたのは、今でも心に残っている出来事だ。

「悲しかったね、辛かったね。もう大丈夫だよ。アルに酷いことした子は、もう二度と会うことはないからね」

 そう言って、俺が泣き止むまでずっと頭を撫でてくれていた。

 今思えば、男なのにちょっとしたことで泣いてしまったのは恥ずかしい事ではあったし、兄上のお手を煩わせてしまったし、お茶会も王族である俺たち兄弟が不在になってしまったために、早々にお開きになってしまったようで、参加者や使用人たちに随分と迷惑を掛けてしまったと思う。

 しかし、まだまだ幼い四歳児であった俺は、愛情を向けてくれる親しい人以外と出会ったことが殆どなく、害意や無関心に初めて触れて、ショックも大きかった。


 その翌年にあった五歳でのお茶会では、金色の髪に碧色のドレスを着た綺麗な少女が気になって、声を掛けようと近寄ったところ、

「私、本当はリヒトール様が良かったの。でも、隣国の王女様とご婚約しちゃったでしょう?もう無理だってお母様に言われちゃったの。だからアルフレッド様にしなさいって言われたのだけど、アルフレッド様って私より背が低いし、声は大きいし、子どもっぽいし、そんなのとお話ししてもつまらないわ。早くお家に帰りたい」

 と、他の少女と会話する声が、聞こえてきた。

 あまりの言いように、思わず足を止めて呆然としていると、

「私も君みたいに品のない子が婚約者でなくて良かったよ。そんなに嫌なら帰るといい。そして二度と王宮に立ち入らないで欲しいな。そのことをきちんと両陛下にも君のご両親にも伝えておこう」

 他の場所で他の子どもたちと会話していたはずの兄上が、いつの間にかその場にやってきてそう告げると、呆然と立ち尽くしたままの俺の方へとやってきた。

 その子が泣きながら「ごめんなさい、許してください」と謝って取り縋ろうとしても無視し、俺の手をとると、そのまま一緒に王子宮へと戻ってしまった。

 しばらくすると、話を聞いて心配した母上が部屋へ訪れてくれて、

「大変だったわね。アルフレッドはこのままゆっくりしなさい。お茶会で出した特別なお菓子を運んで貰いましょうね」

と、俺の頭を撫でながら慰めてくれた。

 その後、母上がお菓子と一緒に、俺の側近である騎士団長の息子(セドリック)魔法師団長の息子(ルーク)も寄越してくれたので、悲しさはどこかへ吹き飛んでいった。


 恐らくこの二回の出来事が、“簡単にアルフレッドの婚約者を決めてはいけない”と、父上と兄上が思い至ったきっかけではないかと思う。




 六歳になってくると、彼女たちが何故そんなふうに言ったのか、薄々と理解出来るようになってきた。

 王子教育が始まって、自分の立場も彼女たちの立ち位置も教えられたからだ。

 王子として必要な勉強は多岐に渡り、まだ幼いとは言え、一般的な貴族ともまた違うその内容は、専門の教師からそれぞれ個別に教えられることになった。

 剣術や魔法学などの実技がメインの勉強はとても楽しかったが、座学……特に王子として必要な帝王学やマナー、歴史などは、当時の俺にとっては苦痛でしかなかった。

 間違えれば叱責と、兄上との差を語られる。どうせ第二王子だから甘えているのでしょう、第二王子なのにスペアとしても不出来だ、と。

 今になって思えば、将来王になる予定の兄上に擦り寄りたい教師たちの思惑だったのかもしれないし、九歳で既に勉学の殆どを習得している兄上を見過ぎて物差しがおかしくなっていたのかもしれないし、……もしかしたら、先生方よりもずっと兄上の方が知識量と考察力が秀でていることへの八つ当たりだったのかもしれない。

 当時の俺は弱く、理解も足りず、彼らにとっては恰好の的だったのだろうと想像はつく。

 俺にとっての物差しも兄上しかなかったから、年齢差があっても兄上との差が歴然としていることは理解していて、だからこそ馬鹿なのだと言う教師の言葉を、信じ込んでしまうのは容易かった。


 ある日、先生たちに叱られることに耐え難くなってしまい、どうしようもなくなって中庭の茂みに隠れて泣いていると、

「アル?なにしているの?どうしたの?こんなところに頭を突っ込んで」

 と、兄上が俺を見つけて、お尻をポンポンと軽く叩きながら声を掛けてくれた。

「あーあー、凄い顔になってる。どうしたの?なにか嫌なことがあったの?」

 そう言いながら、兄上は俺を茂みから引きずり出し、服や頭についた土埃を優しく手で払ってくれ、そしてハンカチで顔を拭いてくれた。

 優しい兄上が俺を見つけてくれた嬉しさに、余計に泣いてしまってなかなか返事ができないでいたが、兄上は俺の頭を撫でながら、会話ができるようになるまで辛抱強く待っていてくれた。

 大好きな兄上に優しく慰められて、恥ずかしいと思いながらも、先生に言われた言葉が苦しく、兄上に聞いて貰えたら楽になるだろうかと、つい口に出して言ってしまった。


「僕、覚えが悪くて不器用だから、兄上にとっては頼りない?いらない?」

 そう聞くと、兄上は吃驚したように目を見開いた。

「ええ……?アルは僕にとって必要だよ?可愛い弟だもの。それに、覚えも良いと思うし不器用でもないじゃない?剣術も魔法学も覚えが良いねって団長(せんせい)たちにも褒められているよね?どうしてそんなことを聞くの?」

「僕はスペアだから」

「んん?」

 僕の言葉を聞いて、兄上は眉をしかめた。

「兄上と同じくらいに出来ないと駄目なのに、全然出来ないから。スペアじゃなくなっても、兄上が王様になった時に頼りにならないって」

 と、口に出してみたら、言われた時のことを思い出してしまって、またポロポロと涙が出てきた。

「それ、誰が言ったのかなぁ?」

 兄上は何故か笑顔になると、俺の頭を撫でながら、追加で出てきた涙をハンカチで拭いてくれた。

「先生が……」

「どの先生?」

「帝王学とマナーと歴史の先生」

「そっかぁ。三人もいるのかぁ。これは他の先生も確認しないとね。そう、わかったよ。少なくとも今言った三つは、今度から僕が教えてあげようね。大丈夫、アルは馬鹿じゃないよ。先生の教え方が悪いだけだよ。何も問題ないからね」

「ホント?兄上が教えてくれるの?お忙しくない?そしたら僕、兄上のスペアになれる?頼りになれる?」

 そう言ったら、兄上は俺の頬を両手で包んでムニッと押さえた。

「何を言っているの。アルは僕の代わりになる必要なんてないんだよ。僕のスペアなんかじゃなくて、アルフレッドっていうたった一人の人間だ。僕の大事な弟だよ。同じ父上の子どもだから、確かに僕に何かがあったらアルが王様になるかもしれないけど、その時は僕の代わりになるんじゃなくて、アルフレッドっていう王様になるんだよ』

 その言葉を聞いて俺は驚きと共にやっと理解した。そうだ、“兄上のスペア”ということは、俺が“兄上の代わりに国王になる”ということだ、と。

「僕が王様になることがあるの?」

「そうだねぇ、僕が治らない病気になったり、事故で体が動かなくなったり、誰かに殺されたりしたら?」

 さらに、兄上が言った内容に愕然とした。兄上になにかがあれば、自分が兄上の立場(スペア)にならなくてはいけないこと、兄上の立場になるということは、優しい兄上がいなくなるということに。

「え、それはヤダ!兄上が病気になったり事故にあったり、死んじゃったら、ヤダ!」

 俺は兄上がいなくなるかもしれない、という状況を思い浮かべてしまって、思わずボロボロと泣き出してしまった。

「いや、例えばだよ。そんな事にはならないよ」

 兄上はそう言って俺を慰めながら、追加で出た涙を優しく拭いてくれ、ついでに鼻を押さえて「ちーんしなさい」と言ってくれた。

 ああ、兄上のハンカチをボロボロにしちゃったなぁと、頭の中でぼんやり考えていると、後ろで控えていた侍女に汚れてしまったハンカチを手渡し、タオルを新たに受け取って涙の名残を拭いてくれた。

「じゃあ、僕、王様にならなくて大丈夫?兄上のスペアじゃなくてもいい?」

 そう、願望のような質問を兄上に聞いてみると、

「僕には未来がどうなるかわからないけれど、アルが僕に王様になって欲しいって思っているなら、僕は王様になるよ。でも、アルはアルでやっぱり王族としての勉強はしないと駄目だよ」

「うう……そっかぁ……」

 当時の俺は、兄上が勉強を教えてくれたとしても、果たして本当にできるようになるか自信がなかった。だが兄上が続けて言ってくれた言葉に、俺は頑張ろうと心に決めた。

「できれば将来僕が王様になった時に、アルが側で支えてくれていると嬉しいな。そのための勉強はしておいて欲しいかなぁ」

 兄上が国王になった時。その時俺は兄上の側にいていいのだという嬉しさとに、だんだんと気持ちが浮上してきた。でも、兄上が国王になるならば自分は何者になっていたら良いのだろう?とも考えた。

「僕、何になったらいい?何になったら兄上のお役に立てる?」

 そう聞いてみると、兄上はキョトンとした顔を一瞬してから、うーんと唸って真剣に考えてくれた。

 そして何かを思いついたらしく俺の方に顔を向き直すと、

「そうだねぇ。近衛騎士団長とか?年齢が上がれば王国騎士団総団長なんかもできそうだよね。剣も魔法もアルは好きでしょ?」

 と、言ってくれた。

「うん!」

 剣と魔法は当時から大好きで習得も早いと褒められていたし、他の座学などよりは遥かに真剣に取り組んでいた。王宮勤めの騎士になるには、剣と魔法の扱いを一定レベル超えることが条件になる。それならば可能だろうと、幼いながらにも考えた。

「宰相は僕の側近(エド)がやりそうだし、王宮騎士団長と魔法師団長のところは僕らと同じ世代の子どもがいるからね。まぁ、アルが王宮騎士団長や魔法師団長をしたかったら、彼らを蹴落としてもいいとは思うよ」

 と、兄上は続けてそんなことを言った。

「……え、王宮騎士団長の息子(セド)魔法師団長の息子(ルカ)は僕の側近だから、蹴落としたら駄目だと思う……」

「あはは、言ってみただけだよ。まあ、彼らとも一緒に切磋琢磨すればいいと思うよ」

「うん!僕ね、近衛騎士団長になるために頑張る!兄上を一番近くで守る!」

 俺は、宣誓するかのように、両手をギュッとそれぞれ握りしめてから、空へと右手だけ突き上げた。

「そうか、楽しみにしているよ」

 兄上はそう言いながら、とってもいい笑顔で俺の頭を撫でてくれた。




 それから八歳のお茶会でリリアンヌ嬢に出会うまでの二年間、開催されるお茶会で気になる可愛い女の子がいたとしても、それまでのように心を動かされることはなくなった。

 少し話せばわかる言外の思惑……本当は兄上を狙っていたり、俺自身ではなくて王子妃狙いであったり、を理解すれば多少はがっかりした気持ちになったものの、その都度兄上が慰めてくれたし、何よりも兄上を筆頭とする信頼できる人たちが側に居てくれることこそが、俺には何よりもの幸せだと思えたからだ。

 成長した現在では、彼女たちも幼いのに家や派閥の思惑にも振り回されて、可哀想な子どもたちだったな、とすら思えるようになっている。


 そんな中で出会ったリリアンヌ嬢は、俺にとって天使のような存在だった。

 見た目の可愛らしさは勿論、微笑んだ様子は花が咲いたようで、両頬に出来る笑窪が可愛い。僕の話を遮らず笑顔で聞いてくれているし、かと思えば知性のある返事をしてくれる。そうして話している間中、兄上に目もくれず、頬を染めながらずっと俺を見ていてくれた。

 何が好きかと聞けば、刺繍や本を読むことも好きだが、乗馬も剣術も好きだという。女の子としては珍しい趣味だなと深く聞けば、友人に乗馬と剣術が好きな子がいるのだとか。

 男かと思って慌てて聞けば、女の子だという。その子と一緒に嗜んでいたら、いつの間にか好きになったのだとか。

 それならば、いつか一緒に遠乗りでもしてみたい、と言うと嬉しそうに頷いてくれた。




 そうして茶会の後、リリアンヌ嬢を婚約者にしたいと父上と兄上に伝えると、父上は「彼女ならば大丈夫だろう」と頷いてくれた。

 対して兄上は、「悪くないけど、アルは結構めんく……まだ幼いからね。交流は続けたらいいと思うけれど、そうだなぁ……学園に入るまでは、婚約しない方が良いのではないかな?」と、思案げに仰った。

「兄上は七歳でお決めになったのにですか?彼女は今まで出会った子たちとは違います!」

 今までの出会いで俺が泣いていたことを知っているからこそ、兄上が慎重になられているのだろうと思い、思わず強い言葉で言い募った。

「私の婚約は国同士の政略結婚だ。好き嫌いとは別の思惑があるからね、()()()()()()()()()こそが重要だ。だけどアルの婚約は恋愛感情から始まるだろう?せっかくなんだから、お互いをしっかりと知って、そうだね、彼女の周囲もちゃんと確認して、余計なものがあるならば排除もして、彼女とならば問題なく生きていけると判断できるまで、婚約は保留にしておいた方が後々スムーズに行くと思うよ」

 しかし、兄上が微笑みを浮かべながら言ってくださった言葉で、政略結婚ではないからこそ、俺が幸せになれるようにと、思慮深く考えてくださっていることに気がついた。

 兄上の優しさに感動し、提案の意味は理解できたものの、それでは最短でもあと七年近く、彼女との間にはなんの約束もできない。

「で、でも確約がなければ、彼女に他の婚約者が出来てしまうかも……」

 そんな不安がつい口に出てしまった俺に、兄上は追加の提案を出してくれた。

「そこはまぁ、婚約者候補、とでも公にしてしまったら良いのじゃないかな。周囲への牽制になるし、あちらも他からの縁談を断りやすくなると思うよ」

「候補と言っても、一人しかいませんよ?他の候補をあげる気もありません」

「他がいるかなんて、勝手に周囲が憶測を立ててくれるから心配ないよ」

 残る不安要素を思い切って口に出して言ってみると、「私に任せておいて」と兄上は爽やかな笑顔を浮かべて請け負ってくれた。

 その横で父上が、

「……お父さん、アルフレッドよりリヒトールの行く末の方がよっぽど不安なんだがなぁ……」

と、謎の言葉を呟いていたが。




 そうしてなんとか迎えた十四歳の誕生日。

 来年から貴族学園に入学することが確定し、やっとリリアンヌ嬢への直接的なアプローチをすることに、父上と兄上からゴーサインが出た。

 今までもお茶会での会話や手紙などで交流を深めて来たが、今後は二人での外出やプレゼントなどを含めた交際をしてもいいのだそうだ。


「面倒そうな人たちはだいたい排除できたし、アルのクラスには優秀な子息令嬢しか同席しないし、過去ブラックリストに載った子は通う教室棟から違うからね、まあそもそも彼らは余計なちょっかいを仕掛けてくる余裕なんてないだろうけど」


 卒業後すぐに結婚をしたいのであれば、最低一年と定められた婚約期間から逆算すると、二年生の終わりまでには、リリアンヌ嬢から承諾を貰わなくてはいけない。

 頑張ってアプローチしなくては、と意気込んでいると、

「早めに了承を貰えれば、それだけリリアンヌ嬢も王子妃教育をスムーズに進められるだろうからね。でも、アルは卒業と同時に結婚できないよ?最短で卒業後一年空けてからになるかなぁ」

 兄上から、あっさりと新たな“待て”が差し出された。

「え、何故ですか!?」

 俺は驚いて兄上の顔を見ると、

「私の婚約が先日解消されただろう?新たにアプローチしているご令嬢がアルと同じ年でね。ほぼ内定しているんだけど、そうすると最短が君たちの卒業式後すぐになる。私は君たちより三歳年上だし、王太子だから世継ぎも早めに作らないといけない。優先順位的にどうしても私が先に結婚式を挙げる必要があるんだよね」

 そう、七歳で決めた兄上の婚約は、先日向こうの王女に瑕疵がついて破談となった。そのために兄上は急遽新たな婚約者を決めなくてはいけなくなったのだ。

「ああああ……それは確かに……」

 既に候補者は居ると聞いてはいたものの、まさか俺やリリアンヌ嬢と同じ年齢だとは思っていなかった。

 確かに兄上のご結婚の方を優先するべきだろう。卒業後即の結婚は諦めなくてはいけないかとがっかりしかけたところで、

「ま、合同結婚式にするという手もなくはない。合同にすることで予算削減……ああ、でも景気対策としての費用対効果を考えると時期をずらして分けた方がいいかなぁ……計算しないとね」

と言う兄上の呟きに、思わず良いアイディアだ、と飛びつく。

「合同?……合同!良いですね!兄上との仲良しもアピール出来ますし!」

「……うん、そうだね……、まあ、そうだね」

 俺の言葉に、少し考えてから同意してくれると、兄上は俺たちの会話を見守るように横で聞いていた父上を振り返った。

「そういうことで宜しいでしょうか、父上」

「うん、まあ私はそれで構わないと思うよ。ただ、君たちの花嫁とご家族の意向は確認しなさいね」

 と、父上は何故か微妙な表情を作りながらも賛同してくれた。

 その言葉に「承知しました」と頷いた兄上は、

「では、計画案と予算の算出を依頼してくるよ。合同結婚式にしたいなら、頑張って早めにリリアンヌ嬢に了承して貰いなさい」

 と言って、楽しそうに微笑んだ。


 兄上と合同結婚式ができるかも、と浮かれてしまった俺は、そのすぐ後に

「……場合によってはリリアンヌ嬢の勉強期間が大分短くなるなぁ……まあ、優秀なお嬢さんらしいし、アリーにも手伝って貰えば……なんとかなるかなぁ」

 なんてことを兄上が呟いていたことも、

「おとーさん、リヒトールの兄馬鹿具合がちょっと心配だなぁ……」

 なんてことを父上が呟いていたことも、全く気がついていなかった。




 後日、新たに決まった兄上の婚約者アルテナ・リドル・メイスン嬢を紹介して貰い、消えかけていた記憶の中から、ドロドロに馬糞まみれになりながら、満面の笑みを浮かべて犬と一緒に転げ回っていた少女の姿を思い出した。ついでに馬糞の匂いも。

 成長した姿はなるほど素晴らしい美人であるものの、馬糞まみれだった当時から好きだったんだと打ち明けてくれた兄上は、ちょっと趣味がお悪いのでは?と思ったことは内緒だ。


 そして更に後日、リリアンヌ嬢に乗馬と剣術の趣味を教え込んだ親友が彼女だと言うことを知って、思わず目が彷徨ってしまったとしても、俺は何も悪くないと思う。


最愛の君を語るのかと思ったら、兄のことを語る男。


−−


ある日の兄とその婚約者の会話。

「小さい頃、アルが庭の植木に頭を突っ込んで隠れていたことがあってね。お尻が全然隠れてなくて、その格好も可愛かったんだけど、引っ張り出してみたらべそべそ泣いていて、涙と鼻水で顔がベチャベチャでね。もー、これが可愛くて可愛くて」

「殿下は本っっっ当に悪趣味ですわよね……」


ーーーー


ここまでお読みくださいまして誠にありがとうございました。

四作品全てお読みくださいました方がいらっしゃいましたら、とても嬉しいです。

一応、「隣国の王女」のお話も思いついて書いておりますが、予想外に長文になりそうで、UPするか迷っています。

UPするにしてもちょっとお時間をいただくことになりそうだなと思っておりますので、読んでみたいなと思われた方は、作者をお気に入り登録していただければ、多分公開通知が飛ぶかと思います。


UPしました際には、お読みいただけますと嬉しいです。

また他に新たな作品も考えておりますので、のんびりお待ちいただけますと幸いです。

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