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第1章 農夫の子(6)

 戦闘は終わった。

 まわりを見渡したがほかに何者の気配もなく、この「部屋」の中にはもう私たちしかいない。


 ルシアスはまわりを一通り見渡し、部屋の片隅に目星を付けるとそちらへ向かって歩み始めた。ルシアスは部屋の隅で立ち止まると右手を地面に向けてかざした。すると、その部屋の隅に子供の頭ぐらいの大きさの球体がおもむろに姿を現す。


 なんと不思議な光景か。何もなかった空間に突如として黒い球体が現れたのだ。


 と、次の瞬間、ルシアスが飛び退すさった。


「やべぇ! なにかくる――!」


 黒い球体の前方にさっき見た()()()の入り口と同じようなものが現れる。いや、さっきよりも少し大きい。


 次の瞬間、その穴から何者かが飛び出してきた。小鬼? いやさっきのやつより大きい。背丈は、人間の大人ほど、手足はがっしりしており、右手には斧のようなものを持っている。


「アルバート! さがれ――!」

ルシアスの声だ。


 しまった! あまりに唐突なことで一瞬見入ってしまった! 敵との距離が近い!大鬼は出てくるなり斧を振り払う。とっさに飛び下がるが、相手の刃はこちらをとらえるレンジ内にある。

 

 間に合わない! 飛び下がりながら体をひねり短剣で斧の軌道をそらそうと試みるが、間に合いそうにない。


 ゴッと私の体に横から急激な力が加わる、誰かに突き飛ばされた? 私の体はそのまま壁のほうへと数メル転がる。転がりながらかろうじて受け身を取りつつ、壁にぶつかる寸前で停止した。


 ザシュウゥゥゥゥゥ――!


 なにかが切りつけられる音が響く。


 私は慌てて態勢を起こして、敵のほうへと向き直った。そこには大鬼がうつぶせに倒れており、傍にはルシアスの姿があった。


「ダジム――!」

ルシアスが叫ぶ。


 ルシアスが振り向いた先に父の姿があった。


「アル――、無事か?」

父の声だが何か様子がおかしい。


 父は左手で右腕のあたりを抑えているのがみえた。なのに、父の右腕は父から少し離れたところに横たわっている。


 ???


 私の頭はどうかしているのか? 父は右腕を押さえているのに、その父の右腕はそこにはない。


「ダジム! ちょっと待て! すぐに何とかするからな!」

ルシアスが叫びながら父に駆け寄ろうとする。


「馬鹿言うな! そっちの方を先に何とかしろ! 俺は大丈夫だ!」

父はそう言ってルシアスを制止する。


 ルシアスは一瞬ためらったが、すぐに向きを変え、黒い球体のほうへと向かい、そこに自分の大剣を突き刺した。


 強風が吹き荒れるような音が空間をつんざく。ほんの1、2秒後、急にあたりが明るくなり、森の香りがあたりに立ち込める。


 まわりを見渡すと先刻()()()に入る前の草地に私たちは戻っていた。3人は「部屋」にいたときと同じ位置関係にある。


 ルシアスは、この男には珍しく慌てた様子で父に駆け寄る。そして、父の右腕あたりに手をかざし、何ごとかをつぶやいている。次の瞬間、彼の手のひらと父の右腕の間に暖かな光があらわれ、数秒後、光は消えた。


 ようやく私は、事の重大さを理解し始めた。父の右腕は切り落とされたのだ。それも、私をかばって――。私は言葉を発することができず、茫然ぼうぜんとしていた。父に駆け寄ることもできず、ただただ、立ち尽くすだけだった。



9

「アル……、気にすることはない。幸いルシアスの魔法のおかげで、もう出血はしていない。さすがに右腕はもう元には戻らんだろうが、お前が無事でいてくれればそれでいい。かぁさんにはこっぴどく叱られるだろうなぁ、まぁそれでもお前を守れたのだから、それ以上に褒めてくれるだろう」

父はそう言って微笑みかけてくる。


 私は自分の愚かさを呪っていた。やはりまだまだ、経験不足なのだ。小鬼を一匹仕留めたことで、気が緩んでいた。自分もやれるのだと……。


 傲慢ごうまんだった。


 戦闘はまだ終わっていなかったのだ。それなのに、気を抜いて事態を把握するのに遅れた。大鬼の出現に、戦場の変化に、常に備えていなくてはならなかったのだ。


 私たちはすでに帰途についていた。


 あの岩壁にはもう、()()()、ルシアスによれば、「()()」というらしいが、それは跡形もなく消え失せていた。その後、森を引き返し、「北の遺跡」に残しておいた荷物を拾うと、その足でソルスへの帰路についたのだ。


 父の右腕は魔巣とともに消えてしまった。もう元には戻らない。


 ルシアスの不思議な力によって、傷口の出血は止まっており、父の顔色はそれほど悪くもない。ただ、やはり、二の腕からさきがなくなっているのだから、何かにつけて不自由そうではある。


 ルシアスによると、出血は抑えることができるが、体力の消耗は抑えることができないらしい。早急に町へ戻り、しっかりと治療をしないと今後の回復にかかわるということだった。


 ただ、お前の父のことだから、腕一本なくなったところで、通常の生活には特に問題はないだろう、となぐさめの言葉もかけてくれた。


 そう、「通常の生活には」、だ。


 これまでの経緯から、父とルシアスは旧知の仲であること、二人はともに戦場で戦った経験があること、ルシアスは「魔法」というものを扱えること、父も相当の手練れであったこと、「魔巣」の出現は今回が初めてではないことなど、おおよそ見当がついている事柄も多くある。


 私の想像の範囲であるが、おそらく「魔巣」の問題は根本からの解決には至っていない。とりあえず今回の事件の真相はつかめたといったところだ。今後、今回と同様の事件が、このシルヴェリアの各地で起きないという保証はない。むしろ、もうすでに起きていて、まだ明らかになっていないだけなのかもしれない。


 ルシアスは今回のことを王国に報告するだろう。その上で、今後の対策を講じることになるであろう。そうした時には、父のような手練てだれが必要になってくる。父もその戦力の一員となるはずだった。それを私の愚かさが台無しにしてしまったのだ。


 いかに手練れといえども、利き腕を失って戦場に立てるはずもない。


 帰路は順調であった。幸い父の容態も安定しており、特に問題なくソルスの我が家へと戻ってこれた。


 扉を開けた3人の姿を見て父の異変に気付いた母は、駆け寄って父を抱きしめた。その後、私の顔をみて、あなたは大丈夫だったのねと念を押した。


 私は、母の顔を見たとたんにこれまでこらえてきたものが一気にこみあげてきた。


「ごめんなさい……僕のせいなんだ……ごめんなさい、母さん――」

止めどなく涙があふれ、むせこみながら、叫び続けた――。


 父と母は私を包むように抱きしめて、大丈夫だ、お前のせいではない、と声をかけ続けてくれた。

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