第5章 解放(9)
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聖暦165年2月
デリュリウス監視塔から帰還してから約半年が経過していた。
右手に見える西の大海は黒く大きく波打っている。
ポート・アルトへ向けて帰路についた一行は、さきほどまでいた岸壁の洞窟から出て、徒歩で南へ向かっていた。
冬の強風が体に凍みる。雪こそ降ってはいないが、容赦なく吹きすさぶ風が一行にたたきつけられて、手足をしびれさせる。
「なあアル……、寒いよぉ、アルの長外套に入っていいか?」
背の低い、フード付きケープを被った栗色ショート髪の少女がたまらず聞いた。
「お、おまえ、何言ってるんだよ? ちゃんと一人で歩けよ?」
私は思わず、自分のコートの継ぎ合わせ部分をキュッと絞った。
「ちぇ、ただの冗談だろ。なあケイティ、アルってほんとこういうのに対する免疫がないよなぁ」
そう言って少女はすぐ隣で身を絞りながら歩く聖堂巫女へ話題を振った。
「え? はぁ、そ、そうなんですね」
ケイティは突然降られた話にどう対応していいか分からずそう答えた。
「あ、こっちも同じようなもんだったか」
すかさず、ケイティに突っ込みを入れる。
「おまえなあ、そういう茶化し方はやめろよな、ケイティが困ってるだろう」
私はそいつに、少し威圧的にたしなめる。
「はーい。ごめんなさーい。怒らないでよ、あ、な、た」
そう言って横目ながしでこちらにウインクする。
「ほんとうに、仲がいいんですね、お二人は。うらやましい、です」
ケイティがぼそりと口ごちる。
「お? 今、ウチに何気に宣戦布告してない?」
そいつがさらに煽るように言い放つ。
「もう、チュリったら! そんなふうに言ったらみんなから誤解されるでしょ?」
あわてて、ケイティが返す。
(誤解って、何を? いやいやいや、それよりもだ……)
「『あなた』はやめろ! 気持ち悪い! お前と俺はそういうんじゃないだろうが!」
私はさらにムキになって返してしまった。
少女はいつもの調子でケラケラと笑った。
それを後ろで聞いていたレイノルドがさらにかぶせて何ごとかを言ったが、私はもう取り合わないようにした。
この二人にかかられて、口で応じることは、竹串でクジラに向かうほど無謀なことである。
前方を歩くルシアスとアリアーデは、そんな様子を薄笑いを浮かべて聞き流していた。
――――――
現在のルシアス一行がこの6人となってからは3か月ほどたつ。
去年の冬の始まりごろに起きた事件から今の構成になったのだが、その話はまたいずれどこかで――。
話は数時間ほどさかのぼる――。
いつもの通り魔素関連事案と思われる事象がポート・アルト近郊の洞窟周辺で発生した。
この洞窟は、漁業を主たる生業とするポート・アルトの住人たちが、西の大海の大波を鎮める目的で海洋神ヴェーレを祭ったのが最初とされる、天然の祠であった。
ヴェーレは、エリシア神信仰とともに古くから祀られている海の神とされている。
海洋神ヴェーレは西の大海のその向こうからこの地に訪れ、ポート・アルトの海を資源と生物の豊富な海へと作り上げたという。
それまでは、荒く、冷たい海だったのだが、ある時ヴェーレが訪れ、その海に住み着いていた大クジラを一刀のもとに切り伏せ、それ以降、静かに穏やかな海となった、と言い伝えられている。
話を戻そう。
ともあれ一行は、その祠の洞窟内で最近異常な臭いがするという噂の調査に向かわされた。
洞窟内部に踏み入れた一行はすぐさま原因を特定できた。アルとケイティの魔素感知能力は目をみはるほどに上達している。
祠の建っているところは洞窟の入り口付近であるが、洞窟はさらに先へと続いており、いくつかの分岐を枝葉のように伸ばしていた。
アルとケイティの魔素感知によって、その「正解ルート」を進んだ結果、洞窟潜入後、数十分ほどで目的のものを発見した。
やはり、魔巣であった。
隊列は最近のお決まりパターンで行く。
前にレイノルドその脇左に私、右ルシアス、2列目左チュリ、右アリアーデ、3列目最後方にケイティ。
魔巣へ侵入していつも通り扉前で息を整えると、一気に突入する。
入るなりアリアーデが無詠唱で魔法発動、これもいつも通りだ。
「ディレイ!」
途端に我々の前方から弧を描く光の壁が発生し部屋を走る。
光の壁に触れた敵が一瞬点滅して制止する。
「正面3、左3、右2!」
レイ、ルシアスは正面行って! アルとチュリは左2を!
ケイティ右2、あれやって!
いつも通りアリアーデの戦況予報が飛ぶ。
言われた瞬間、全員が自分の役割を遂行する。
「おおりゃぁぁぁ――」
レイノルドが中盾を構えて一気に敵を詰め、そのまま一体にバッシュを決める。敵は弾けとび崩れ落ちる、その後方からルシアスの斬撃、レイノルドとスイッチして前の2体をまとめて薙ぎ払う。
「ぬぅうぉぉぉお――」
ルシアスの大剣は一体を真っ二つに横に薙いでさらにもう一体へと襲い掛かる。
ギィィィィン――!
敵―大鬼が両手で構えていた大斧でルシアスの斬撃を受け止める。
一瞬、大鬼がにやっと嗤ったかのように見えた、次の瞬間、大鬼の首はその表情のまま胴体からずるりと落下した。
ルシアスの後ろから追い越すように放たれた、レイノルドの剣撃だった――。
――――――
私の前には3体―小鬼2、大鬼1―。
「ファイアブロウ!」
私は左手をかざし、牽制の一撃を放つ。たちまち、手のひらの直前から炎の噴射が巻き起こり、敵の3体の顔面へと浴びせられた。
前にいた一体の頭部は消し炭となって崩れたが、あとの2体は致命傷にはならない。残る一体の小鬼はよろけてたたらを踏んだ。
そこを、この小さい相棒は見逃さない。私の脇から猛ダッシュでそいつへ突進すると、両手に逆手に持ったクナイを引き絞り、左右から斜めに振り下ろす。
チュリのクナイは小鬼の側頸部に深々と食い込んだ、見事な腕前だ。
一番奥にいた大鬼は右目あたりを負傷したようだが、戦意はまだ失われていない。
ギイイイイイイヤアア――!
金切り声をあげるとこちらへ大斧を振り下ろしてくる。
このように重量のある武器を受け止めるのは至難の業であることは、ルシアスとの訓練で充分に学んでいる。
大斧が私のどこを狙っているのかをまずはしっかりとみることだ。そしてそれがわかれば対応は難しくない。
狙いは私の左肩口、角度は上から下へまっすぐだ。両手で振り下ろされる得物は、その重量が大きいほど斬撃の角度は縦になる傾向がある。その方が、威力が大きいからであろうが、実はそれが一番対応しやすい。
私はあわてずに、ショートソードの腹で大斧を迎え撃つ。
シャ――ン!
大斧の刃に一瞬触れたかと思うと、斧の軌道は上から真下へではなく、上から私の左斜め下へ軌道を変えた。
大斧はそのまま地面へ――。
そこまで落ちてしまった大きな得物を、今一度振りかぶるだけの命の時間は、その大鬼にはもう残されていなかった――。
――――――
ケイティはタクトを振りかぶり、虚空にWの形を象った。
「アイスバインド!」
前方の対象2体―大鬼と小鬼―の足もとから、氷の枝が生え伸びる。氷の枝は対象の足をからめとり、腰のあたりまで登り、対象を釘付けにする。
続けて、次はタクトをDの形に振る。
「クリスタル・フォール!」
たちまち2体の頭上に渦巻く暗雲が出現する。そしてゆっくりとそこから現れたものは、巨大な2本の水晶の槍だった――。
じわじわとその槍が姿を現す、やがて、その全体の3分の1ほどまでが露見したあたりで、暗雲から超スピードで2体の鬼へ降り下ろされた――。
ズガ――――ンッ!
槍は、先ほどまで2体がいた地面に突き立って、数秒後放散した。
その後その場所には、押しつぶされ原形をとどめない肉片が散らばっていた――。
「「「「「クリア――!!」」」」」
ほぼ同時に5人が叫んだ。




