第1章 農夫の子(4)
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私は自分がやったことを信じられないでいた。なぜあんなことができたのか。
ただ一つ言えることは、もしかしたら切り殺されるかもしれないという状況にあってなお、ルシアスの動きがよく見えていた。冷静に相手の動きを観察できていたというのだろうか、自身はとても「冷静に」とはいいがたい精神状態だと思っているのだが、事実、「見えていた」のである。
おそらく、ルシアスもあれが全身全霊というわけではないのだろうから、本気の彼をあのようにかわすのは不可能であろう。ただ私としては、初めての切り合いをなんとか切り抜けたのだから、充分満足である。少なくとも、恐怖におびえて何とかににらまれたカエルのようにはならなかった。
昼食後歩みを進めた我々は、問題の「北の遺跡」が遠くに見えるところまで来ていた。
しかしながら、いったい何が起きたというのだろう。
ルシアスの話によれば、「北の遺跡」で休憩を取っている間に、採集班の一人が行方をくらましたということだったのだが、直前までのその人物の様子は特に変わりがなく、帰ったらなじみの酒場で一杯やるんだなどと口にしていたらしいというのだ。出奔(逃亡)するような様子はみじんも感じられなかったということなのだ。
ではなぜ、どこに消えてしまったというのか。
「北の遺跡」はやはり、ただの瓦礫がごろごろしているだけの場所だった。
私たちはとりあえず大きい荷物をひとところにまとめ、武器だけを身に着けたままにする。
ルシアスと父は二言三言言葉を交わし、どういう手順で探索するかを決定した。その後、私に対して、3人で固まって行動するから、絶対に単独で行動するのは禁止だと伝える。いわれるまでもなく、誰かのそばを離れるつもりなどなかった私は即答で了承する。
遺跡の入り口あたりからゆっくりと歩みをすすめると、遠い昔広場か何かだったのか、瓦礫が比較的少ない少し開けた場所に出る。直径約10メルほどの円状の広場だ。
ルシアスは、ここで採集班が休息を取ったらしいといった。問題の採集班の消えた一人は、この広場から用を足すといって消えてしまった。その際、目撃者の話によると、東の方へ向かったということらしい。
私たちはとりあえず、その「東の方」へと歩みを進める。そのまま、進み続けるが、私には特に何も変わったところは感じられない。ただ、瓦礫が転がっているだけの遺跡の跡の風景が繰り返されるだけである。
そのうち遺跡の東の端まで来てしまった。道中特に何も変わりはなく、ここから先はまた、草原が広がっており、その先には遺跡を取り囲むように生い茂る木々があるだけである。
ルシアスと父はいったん顔を見合わせたのち、森のほうへと進み始める。私もそのあとに続く。
森はどこも変わらない。ソルスの町から西に進んだところにも森はある。ソルスの西の森は、ランデルの生息地であり、そのほかにも、小型の哺乳動物が幾種類か生息している。
ランデルというのは、人の腰ぐらいの背丈の四つ足の動物で、馬に似ているが、オスの頭部には木の枝のような形の角がある。その角には、微弱ながら、魔力が含まれているといわれているが、あまりに微弱であるが故、特に何か特別なことに利用されることもない。
ランデルの肉と皮は王都で重用されている。ただ、ランデルは畜産が難しい種であるが故、これもまた、狩りすぎないように王国の管理下にある。
王都で必要な分だけ、2、3か月に数頭の狩猟許可がおろされ、その分だけこれもまた採集班が採集していくという仕組みだ。
森自体は立ち入り禁止区域でもないし、それほど深くもないので、私も幾度となく訪れてみたことはある。木の実を拾ってカリカリやりながら暗くなる前には森を出れば特に危険もない。
この森もそこと何ら変わらないような気がした。見たような覚えがある木や草が茂り、これもまた見たことのあるような木の実が足元に転がっている。
ルシアスと父の背を追いながら歩みをすすめる。もうかれこれ200メルほどは進んだろうか? さすがに、木々の間からしばらくは見えていた遺跡の瓦礫も見えなくなっている。
そんなことを考えて歩みを進めていたとき、二人が私の前方で立ち止まった。このあたりでもう引き返すのかと思い、私も歩みをやめたとき、二人の間から何か布みたいなものが見えた。二人は顔を見合わせている。